Cold fish 遠くでゆっくりとドアの閉まる音がした。
シーツの波間でまどろんでいたライナーは薄目を開けた。いま何時だろう。
ふと目をやると、隣で寝ていたはずのジークの姿がない。手洗いにでも行って、いま戻ってきたのだろうか。
空気が乾燥して肌寒かった。ライナーは肩までシーツを手繰り寄せた。
ひたひたと足音が近づいて、ベッドの前で止まった。
通路に背を向けて寝ていたライナーは、ややあってジークが後ろから潜り込んでくる気配を感じた。木枠が軋む。肌着から官製煙草の匂いが漂った。一服してきたのか。
別に寝たふりをしたつもりはなかった。ほとんど意識は夢うつつだ。ただなんとなく、どこに行ってたんですかと一言訊くことができなかった。
体格のよい男2人が寝るにはベッドは狭い。ジークはライナーを背中から抱きすくめ、からだを寄せた。髭が首筋をちくちくと柔らかく刺した。
ジークの手がライナーの顔の輪郭を撫ぜた。その指先はしっとりとして、すっかり冷えていた。絡んできた足先も氷のようだ。思わずビクリと体がはぜた。
「ン……」
「ライナー……つめたくしてごめんな」
独り言のようなジークの囁きが聞こえた。耳の後ろに口づけがひとつ落とされた。彼にしてはひどく優しいと思った。また煙草の残香がふわりと匂った。
程なくして、規則正しい寝息が聞こえてきた。
いま謝ったのは、からだの冷たさに対してだろうか。それとも、俺への態度か。
このひとも後ろめたい気持ちを抱いたりすることがあるのだろうか。
ライナーにはわからなかった。抗えない眠気が襲い来た。
「いえ……」
ライナーは再び睡りに身を任せた。
【了】