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    カエル

    @mamemaki83

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    カエル

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    21.12.05開催の、兎赤オンラインプチ「ぼくたちの赤いいと4」にて、嫉妬アンソロジーに寄稿させて頂いたお話しです。

    付き合ってない二人で、木葉さん目線。三人称。

    不条理な嫉妬と独占欲にお砂糖一キログラム添えて.


    「仕事と私、どっちが大事なのよって同期の奴が彼女に言われたんだと」
    「そんなに仕事ばっかだったんだ」
    「まぁ、繁忙期ではあったな」

     出張で大阪に来たついで、月曜日はオフ日だった筈だしと木葉は木兎を呼び出した。シーズン中は酒を飲まない木兎に遠慮して自分もソフトドリンクを頼もうとする木葉に「好きなの飲めば良いじゃん。俺気になんねぇし」と言うから、一瞬だけ迷ったが誘惑にあっさり負けて、木葉はビールを頼んだ。
     そこから彼是二時間。後ろに座っていた女性二人組の「彼氏が仕事ばっかりで」なんて言う言葉に同期の愚痴を思い出して、冒頭の発言へといたる。

    「実際言われたらすんげぇ面倒なんだろうけどさ。言われたことない身としては言われてみたくもある」
    「面倒なのに?」
    「ヤキモチとか、嫉妬ってのに憧れんの」
    「木葉は無理じゃん」

     痛いところを平然とぶっ刺されて、木葉は叫んだ。無論、周囲の客の迷惑にならない程度に。

    「わぁーってるよ! だからこそ、憧れんの!!」

     かつて器用貧乏と呼ばれた男、木葉秋紀。大抵の事は上手くやってのけるこの男は社会人になって、より一層その器量を上げた。結果として彼は仕事とバレーボールと恋愛を常にバランス良く成り立たせ、どれだけ忙しかろうと相手に寂しい思いをさせた事が無い。つまり相手を不安にさせた事がない、非常に優秀な男であるが、故に彼は嫉妬やヤキモチと言うものに憧れるのだった。
     そんな木葉とは真逆の男とも言える木兎は不思議そうに首を傾げる。

    「そんなもん?」
    「そんなもんだよ。お前なんかは言われ慣れてて何も感じねぇだろーけど」

     高校の時の彼女には漏れなく「私とバレーどっちが大事なの」と聞かれて「バレー!」とそれは元気よく答えては振られていた木兎からすれば、憧れもへったくれもあったもんじゃないのだろう。しかし、木兎から戻って来た答えは木葉の想定とはだいぶ違っていた。

    「まぁ、確かに赤葦には似た感じのこと言われたし、言った事あるけど」
    「……は? あかあし?」
    「そう、あかあし」
    「……アイツが、俺とバレーどっちが大事なんですか? って?」

     とんだ解釈違いだと木葉は眉を寄せた。木兎は眉を吊り上げ、目を尖らせた。

    「は? 木葉何言ってんの。赤葦がそんな事言う訳ねぇじゃん」

     圧がすごい。多分、木兎の事を知らない人ならば圧倒されて言葉を失くしたかもしれない。幸いな事に木兎と付き合いの長い木葉はもうすっかり慣れてしまっていたので、まるで意に介さないが。

    「俺だって同じこと思ったわ! けど、お前が赤葦には言われた事あるっつーから!」
    「だから、似た感じのことって言ったじゃん!」
    「ややこしいわ!」

     気持ち的にはダンっとジョッキをテーブルに叩きつけたいところだったが、グッと堪えて静かにコースターの上に置く。枝豆へと手を伸ばして二、三個頬張りながら、色々面倒臭そうだから今後木兎とは赤葦の解釈を違える事はないようにしようと密かに誓いつつ、木兎に問う。

    「つか、似た感じのことってなんだよ」
    「野球とバレー、どっちが好きなんだって言われた」
    「……さっぱり、わからん」
    「今年さ、野球がめっちゃ盛り上がってたじゃん」
    「あぁ、メジャー?」
    「そう! 俺、めっちゃハマってさ」

     木兎が言うには、夏が来る少し前に寝付けなくて夜中に付けたテレビが切っ掛けだったらしい。それは今まさにアメリカの地で行われている野球の試合だった。その試合で木兎は一人の日本人選手を見つける。名前は知ってたけれど、プレイしているところを見るのは初めてだった。

    「俺、野球はぜんぜん詳しく無くて、知らなかったけど同い年なのな」
    「え? マジで? それは俺も知らなかった」
    「なんかさ、ただ活躍すんのだって、勿論すごいと思うんだけどさ。同い年のヤツがさ、あんな風にどんどん記録を塗り替えていくの見ちゃったら、やっぱ単純にテンション上がんじゃん」
    「まぁ、気持ちはわかっけど」

     木兎と同じように世間も騒いでいたから、木葉もその話題は知っている。シーズンが終わった今も複数の賞を受賞したりノミネートされたりして話題になっている。
     確かに遠い地で活躍する彼のニュースを目にする度、国際試合で活躍する木兎を目の当たりにした時と似た興奮を覚えたのも事実だ。ただ、どうしたって木兎の時の方が昂りは大きかったが。

    「俺はお前の試合の方がテンション上がったけど」
    「あかぁーしも同じ事言ってた!」
    「あぁ、そぉ」

     そりゃあ嬉しそうに木兎は言ったが、木葉からすれば「でしょうね」くらいのものだったので適当に流した。一々拾っているとキリがないのは良く知っている。
     それから木兎は試合の日程を調べて、逐一試合結果を確認したり、中継が入る日は録画して後日見たりしてたようだ。活躍を目にする度に負けてられないと一層練習にも身が入ったけど、やっぱり単純にテンションが上がる方が大きかったらしい。
     そして、知った情報はすぐに話したい五歳児の如く、木兎は毎月顔を合わせる度に赤葦に熱く語っていたらしい。お互いに東京に行ったり大阪に行ったりして確実に月に一回は二人が顔を合わせているのは最早周知の事実なので今更突っ込む気にもなれない。
     問題の発言があったのは木兎の誕生日に合わせて赤葦が大阪まで出向いた時の事。木兎宅でのんびり飲みながら、録画していた件の野球選手の試合を流して、そりゃあ熱心に木兎は語っていたようだ。木葉は正直鬱陶しそうと思う。ただ赤葦は違っていたようで、試合も終盤に差し掛かった頃、赤葦の酒も進んですっかり酔っ払いに仕上がった辺りで彼は言ったらしい。

    「木兎さん、は! 野球とバレーボール、どっちが好きなんですかっ!」

     と。酔っ払い特有の少し下っ足らずな口調と真っ赤になった頬と目元で、怒ってるのに泣き出しそうにも見える顔が可愛かったとか言って、木兎が顔を緩ませていたが木葉は聞こえない振りをした。寝言は寝てからにしろ。
     毎回顔を合わせる度に尊敬し敬愛するバレーボール選手にそれは熱心に野球の話をされるファンの気持ちに関しては、木葉にはわかりようもない。ただ間違いなく言えるのは木葉が先ほど言っていたヤキモチとか嫉妬とは、また別物じゃないかと言う事だ。なんせ、ちっとも羨ましくも何ともない。
     長々と話しを聞いた挙句がこれである。まぁ、木兎だから仕方が無い。恐らく木兎が赤葦に言った事も同じように的外れな二択なんだろうなと思う。

    「どうせ、お前は赤葦に、カルビとロースどっちが好きなんだ、とか言ったってオチなんだろ」
    「赤葦が好きなのはタン塩だけどな!」
    「いや、聞いてねぇし」
    「木葉がカルビとロースっつったから」
    「お前なら、ロースばっか食う赤葦にカルビとどっちが好きなんだとか言いそうじゃん。それともあれか。カルビとタン塩で聞いたとか?」
    「俺、別にあかあしが俺の好きなものと違うものばっか食ってても、そんなちっさい事言わねぇし」

     思ったよりも大人な答えに「ほぉ」と感心する半面で、得意げな顔に「木兎の癖に」と若干の苛立ちも覚えつつ、「じゃあ、お前は何つったんだよ」と改めて問う。何だかんだ言って所謂「斜め上」的な返答が来ると思ったが、木兎の答えは想定外の真正面からのストレートだった。

    「俺は、俺と仕事どっちが大事なんだよっつった」

     木葉はビールを吹いた。否、正確には寸でのところで回避したのだけれども、気持ちの上では盛大に噴き出した。

    「なんでだよ!」
    「いや、だってさ! あかぁーしってば、俺といるのに担当の先生から電話来るとすぐ電話出んだもん!」
    「んなもん、仕事なんだから、しゃーねぇだろうが」
    「仕事でも嫌なもんは嫌だ」

     面倒臭い彼女ポジは木兎の方だったらしい。いや、確かに考えてみれば、高校の頃からその片鱗はあったような気がしなくもない。が、あれからどんだけの月日が経っていると思っているのだ。今さっき大人になったんだなと多少なりとも感心したのを返して欲しい。

    「じゃあ、なんだ。赤葦はお前といる時は仕事の電話出れねぇのかよ」
    「え、なんで」
    「いや、だってお前が出させないんだろ」
    「ううん。普通にどうぞって」
    「わっけわかんねぇ!」
    「だって、赤葦の仕事の邪魔をしたい訳じゃねぇし」
    「だったら、面倒な質問もしてやんなよ」
    「それは……無理」
    「おい。邪魔したくないってのは何処行った」
    「邪魔はしてねぇよ? 電話終わんの待つし、電話以外にもやる事あんなら大人しくしてるし。ただ」
    「ただ?」
    「拗ねはするけど」
    「めんっどくせぇっ」
    「俺もそう思う!」
    「じゃあ、やめてやれよ!」
    「え、ムリ」
    「なんでだよ!」
    「だって、なんか。嫌なんだもん」
    「つぅか、結局のとこ。お前は、何が嫌なんだよ」
    「赤葦の一番は俺じゃないと嫌だ」
    「お前、マジでその内赤葦に愛想尽かされんぞ」
    「そ、そんな事、ねーもん。……多分」
    「多分、ね」
    「……そりゃさ、ちょっと困ったみたいにするけど。けど、大体笑ってくれて、そんで」

     あぁ、と木葉は思う。眉尻を下げて、困ったような笑い方をする後輩の姿は簡単に思い浮かんだ。普段手厳しい事も散々言う癖に、何だかんだで大抵の事をそんな風に笑って「仕方ないですね」とか言って、木兎を許してしまう後輩だ。
     木兎の「そんで」に続く言葉はどうせ「許してくれる」とか、そんなところだろう。流石の赤葦だって、仏の顔が無限であるはずがない。そうやって高を括ってるとその内痛い目見るぞ、と忠告してやろうとした木葉だったが、「そんで」に続いた木兎の言葉に思わず耳を疑った。

    「その後はめっちゃくちゃ、甘やかしてくれるし」

     木葉の知っている赤葦は平素から木兎を甘やかしている。それもかなり、とても、すごくと頭につけて良いくらいに。

    「お前、普段からめっちゃくちゃ甘やかされてんじゃん」
    「だから、普段よりも」

     あ、こいつ普段から甘やかされてる自覚ありやがる。そんでもって、赤葦は赤葦でそれを増長させてやがる。同じ穴の狢で、破れ鍋に綴じ蓋だ。諸々の心配は杞憂に終わって、木葉は呆れる。呆れつつ、そして改めて気付いてしまった事実に戦慄く。待って、普段よりもって何。考えると同時、口にしていた。そして、直後に後悔する。

    「あれ以上の甘やかしってなんだよ」
    「えぇーー……んーー、ひみつ」

     逡巡するような素振りの後で木兎は目をきゅうっと細めて、蕩けたように笑った。ひみつってなんだと悪態をつくよりも先に、あんまりにも甘ったるくて、あてられて胸焼けしそうになる。と言うか、胸焼けする。うわ、と木葉は顔を顰めた。胸中にあるのは聞かなきゃ良かったと言う後悔の念だ。

    「ほんとう、お前ら、何なの」
    「また、それかよ」

     項垂れる木葉に木兎は呆れたように言う。いや、お前が言わせてんだけど、とは木葉は言わない。言ったところで真意は伝わらないのは経験済みだ。

    「いつも言ってんじゃん。俺と赤葦は、俺と赤葦だって!」

     そして、木兎に「また」と言われるくらいには繰り返したこの問いへの答えは今回も、まだ変わらない。信じられない。本当に信じられないが、この男が嘘は言わないのだけは信じられるので、木兎と赤葦が未だにただの先輩と後輩であるのは相変わらずの事実のようだ。全くもって、本当に信じられないけれど。
     大体、それだけ嫉妬と独占欲を見せておいて、ただの後輩な訳ないだろうと思う。そもそも一丁前に仕事に嫉妬して、独占欲剥き出しにするよりも先に、するべきことがあるじゃないかと言いたい。赤葦にしても憧憬や敬愛を通り越した己の献身と許容に疑問を持てよと声を大にして言いたい。
     なのに当の本人である木兎も赤葦も自分らはごく普通のありふれた先輩後輩の間柄だと信じている。お前達はとっくの昔にごく普通のありふれた先輩後輩の域を飛び越えてるぞと言ってやりたいし、お前らみたいのがありふれてて堪るかと言うのが木葉だけに留まらず、梟谷OB面々の総意だ。

    「お前ら、いい加減さっさと付き合えよ」

     高校の頃から幾度となく口から飛び出しそうになる度に飲み込んで来たその言葉を、木葉は温くなったビールで流し込んだ。その向いで木兎は来月の赤葦の誕生日の話をしている。
     運よく今年は誕生日間近の週末に行われるブラックジャッカルの試合は東京だ。当日である日曜日は無理だが、土曜日であれば試合後一緒に食事をする時間くらいはあるらしい。

    「ホテルのレストラン予約したんだ。後、サプライズもお願いしてあって」
    「……サプライズって?」
    「事前予約限定のケーキ! ネットで調べたんだけど、結構人気らしいくてさ」
    「プロ……ゴホン!」
    「え? ぷ? え? なんつったの、木葉」
    「え? あぁ、悪ぃ。プ、プロのケーキだもんな、そりゃあ、人気あるよな。うん。赤葦、案外甘いもんも好きだから、喜ぶんじゃね」

     プロポーズでもすんのかと思った、と出かかったのを必死に飲み込んだ。木兎は「だよなー!」とか言って満足げだ。上手く誤魔化せたらしい。
     先日赤葦に、「木兎の試合観戦後に一緒に飯でも行くか、誕生日祝いに奢ってやるぞ」と声をかけたが断られていた。奢ると言えば大抵喜んでやって来る彼が珍しいと不思議に思っていたが、先約があったからかと納得する。まぁ、自分の方が先だったとしてもあの後輩は木兎からの誘いを優先するだろうけれども。
     イタリアンだかフレンチだかの人気のコース料理をお願いしたとか、レストランからの夜景が綺麗なんだとか、上機嫌で話す木兎の話を半分以上聞き流しながら、炭酸の刺激もすっかりなくなった苦みばっかりのビールを喉に流し込んだ。
     ふと「部屋を取ったりなんかしてないよな」なんて脳裏を過って、それを機に付き合っちまえと思う反面で、現状ですら胸焼けするくらいにあてられるのに、本当にこの二人が一線を越えてしまったら、この程度ではすまないのではないだろうかと言う不穏な予感も一緒に脳裏を駆け抜けていく。そんな事になったら、絶対惚気が致死量を超える。惚気に致死量なんてある訳が無いが、木兎と赤葦に限って言うなら確実に致死量を超えた惚気をぶち込んで来ると確信してしまって、木葉はもうなんでも良いやと投げやりに、残ったビールを飲み干した。

     後日、記念日のディナーやプロポーズを最高にロマンチックに演出してくれそうなシチュエーションでただの先輩との食事をして来た赤葦に感想を求めたところ、良く見慣れた、表情の乏しい顔のまま、そりゃあ嬉しそう瞳を輝かせて「全部おいしかったです」と、彼にしては珍しくテンション高めに食レポをしてくれた。どうやら今回も何も起こらなかったらしい。
     ただ食事中に一度仕事の電話が入ってしまって、申し訳なかったと語った後で、「機嫌を直してもらうのがちょっと大変でした」と困ったように笑った赤葦の目が、甘ったるく蕩けているのに気付いてしまって木葉は天を仰ぐ。砂糖一キログラムを口の中にぶち込まれた気分だ。なお、一キログラムは砂糖の致死量である。
     木兎の話を聞いていなかったら絶対に気付かなかった。本当、聞かなきゃ良かった。二度目の後悔は一度目よりも大きい。そして、どうにもならなくても、どうにかなってもすでに惚気は致死量を超えている事実を突きつけられた木葉は改めて祈るような気持ちで思う。

    「マジで、お前らいい加減さっさと付き合えよ」

     この切実な願いが叶うのはまだ暫く先の未来である。
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