Pussy cat, pussy cat, where have you been〝猫になったらやりたいこと〟
バラエティ番組への出演が決まったが、事前に用意されたアンケートのなかにそんな設問があった。
「どうする?」
「けんか」
目を丸くする俺に、大和が補足した。
「〝ボス猫〟ってのがいるだろ。あれを倒す。俺がトップになる」
適当に答えているようで、目が本気だった。
俺が吹き出すと、お前は?と訊ねる。
「分からん」
少し考えて、でもやはりその答えはまだ見つからなかった。
それより。
今は久々の体温を味わいたい。
相手の顎の下に鼻先を潜り込ませて、頭をこすりつける。
首筋に押し付けていた唇を少しずつ移動させ、髪に隠れていた大和の耳に軽く歯を立てた。
やがて、頭の上から噛み殺した笑い声が聞こえてきた。
「猫みてえ」
くすぐったいから笑ったのだと思っていた。
「猫は飼った事が無いから分からないな」
「俺もねえ」
こちらを見つめ返す大和の瞳が細められる。
そっちの方が猫のようじゃないか。
のしかかって、何度も唇を重ねる。
「いいのかよこんな事してて。明日朝早いんだろ」
言葉とは裏腹に、俺の腰に回った大和の手が悪戯に動く。
愚問だ。こうして触れ合うのがいつぶりだと思ってる。
「いい。またしばらくは一緒に居られないだろう」
「最近スケジュールバラバラだよな」
言いかけた相手の言葉を性急なキスで飲み込んだ。
忙しいのは良いことだ。
俺達の伝えたかった情熱が、魂が、愛が巡り、受け止められる。求められる事は、その奇蹟のような交歓の証だ。
誇らしさと感謝の念で心は震え、より一層の高みを目指そうと強く鼓舞される。
「瑛一」
だが今、このひとときだけ。
何者でもない俺になる事は、許されるだろうか。
名前を呼ぶ熱い声に、胸が苦しくなる。
まっすぐに俺を見つめる。俺の名を甘い音にする。
俺にとって大和が特別な存在なのは
離れたくないと願うのは
ただの人間の俺に、
剥き出しの魂に、
お前だけが唯一触れる事が出来たからだ。
ただ、お前ひとりが。
翌朝、まだ眠る大和を傍に身支度を整えていて、簡素な部屋に不似合いな、愛らしいかたちが目に入り、ふと手に取った。
そして閃いた。
猫になったら、やりたいことを。
俺と大和が次に顔を合わせたのは、ちょうど2週間後の事だった。
「かえす」
照れ隠しの仏頂面を上目遣いに見つめてから、大和が差し出したグレイッシュブラウンの小さな猫のぬいぐるみに視線を移した。
テーブル越しに、大和が俺の目の前に腰掛ける。
「いつ気付いた?」
「その日のうちに分かったよ」
だろうな。
ルビーノを忍ばせたのは、大和が愛用しているトレーニンググッズのケースの中だ。早ければ移動中にも手を伸ばすだろうと踏んでいた。
「離れている間も俺を思っていて欲しかった」
返されたルビーノの、小さな眼鏡の載った愛らしい鼻先に優しく口付ける。
絶句すると、大和が俯いて頭を抱えた。
「……お前、ホンッッットよくそーいう台詞言えるよな……」
期待などしていないし、そういうところが好ましいとも思っているから構わないが、大和が言わな過ぎなのだと思った。
「俺も、絶えず大和を思っていた」
自身のジャケットのポケットに手を伸ばし、大和の部屋から連れ出した小さなパラチアを取り出す。パラチアにもキスをした。
「…………」
大和が僅かに顔を上げて、こちらを窺う。
その瞳に浮かんだ、焦れたような色を俺は見逃さなかった。
立ち上がると、身を乗り出す。
「ーして欲しい?」
前髪が触れるくらいの距離で、囁く。
答えは、やや強引な口付けで返された。
「ーそれで。結局あのアンケートにはなんて書いたんだよ」
「〝マタタビを試したい〟」