吠える「うちの裏藪からよぉ、なんか聞こえんじゃ…」と三人で夕飯食べていると待宮が言う。
待宮の家は三人の中では一番山に近く、坂の上にある。
その裏の藪から何か鳴き声が聞こえたという。
待宮と俺はそれがなんの生き物かとしばらく話していた。
猿じゃないかとか、猿はあんな風に鳴かんじゃろと待宮が猿の真似をして、それがあまりに下らなくて二人で笑っていると、その光景を不思議そうに見ていた荒北が
「猿ってさァ、そんなよく見る?」
と聞く。
待宮と俺は顔を見合わせる。
「お前はほんと、都会の子じゃな」と待宮が鼻で笑う。
その横で頷いている俺を見た荒北が裏切られたような顔をしてこちらを見た。
「猿、見たことないのか」と聞くと
「猿は動物園で見るもんだろォ?」と言う。
そんなことないぞ、と言うと今度は待宮が横で頷く。
待宮も俺もわりと田舎で育っているので、時々とんでもない所で見たことない動物を見たりして育った。
前に荒北がうたた寝している時に、たまたまついていたナショナルジオグラフィックを見ながら待宮とその話になった。
猿はその最たるもので時々畑のある辺りを走っていたりするのを見た。
最初、巻島は驚いて「サルっショ!」と言っていたが三年目には「あ、サル…」くらいになった。
人は慣れる。
それでも夜に何かよくわからない生き物が鳴くと聞いてなんとなく気持ちが悪いのもわかる。
夕飯を食べ終わった頃、大家さんがやって来て飼い犬のココちゃんが脱走して昨日から見つかっていないことを知った。
待宮は「犬だったんか…」と呟くように言って三人で何故だかよくわからないが少しだけがっかりした。
見付けてくれたらお礼するわ、という俺と大家さんの会話を聞いていた待宮は
「何をくれんのじゃろ…」とまだ見付けてもいないココちゃんよりもお礼の心配をしている。
荒北はココちゃんと仲が良かったので無言だ。
とりあえず鳴き声がしたという待宮の家近くの藪の辺りを探しに行ってみることにした。
虫除けとか虫さされの薬を用意している脇で待宮が懐中電灯がつくか確認している。荒北が大家さんからキャリーを借りてきた。
三人して変なテンションでだらだらとした坂を上る。
「お礼なんじゃろな」と待宮が言うと
「まだ見つかってねえだろォ」と荒北が怒る。ココちゃん可愛いんだヨ…と小声で言うのを聞きながら、俺は猿だったらどうしようかと考えてる。
待宮はなんだか楽しそうに一番前を歩く。
子どもの頃こんな感じで遊んでいたのかと想像出来る。それも一番前をこんな風に歩いていたんだろうと。
荒北は気乗りがしない風で「都会の子」を思わせる。口数も少ないし、こういう姿はあまり見たことがない。
その後姿を見ながら坂を上る。
自分の知らない場所で知らない時間をどんな風に重ねて荒北になったのか、見てみたいような気もする。
たまに話す昔の話を聞くのが好きだ。
それを繋げて今の荒北まで線で結ぶ。
荒北が「金城、星すげえ」と空を見上げる。立ち止まって二人で星を見た。
「お前んちの辺りだともっとキレイに見えんの?」と荒北が聞く。
「田舎だからな」と答えると少し間があって「いつか行きてぇな」と言った。
その横顔を見ながら、行こう、と言うと荒北がちょっと嬉しそうに笑った。
だいぶ先を歩いていた待宮が「お前ココちゃんかぁ?!」とデカい声で叫んでいる。
荒北が「ココちゃん!」と呼ぶと元気よく吠えた。