さくたか/🔥🦛 ——佐倉くんてさ、夏休みで雰囲気変わったよね。
そうかな。髪を切ったからかも。
——うん、似合ってる。そっちの方がいいよ。
あ、ありがとう。
——大会終わったんだよね。ねえ今度、どこか遊びに行かない?
…………。
*
ずっと夢を見ているような気分だった。
東京に来たことも、彼と会ったことも、ホテルに入ってシャワーを浴びたことも。そして、人前で裸になったことも。
ドラマとか、漫画とか、そういった作り話では知っていたけれど。自分にはまだ遠いものだと思っていた。先ほどまで身体を支配していた熱も、衝動も、冷めてしまえば嘘みたいだった。
頭が真っ白のまま、どうにか下着だけは履いて。ベッドの縁に腰掛け、本当にこれは現実なのだろうか——ぼんやりと、そんなことばかり考えていた。
「あー、死ぬかと思った」
不意に後ろから声が上がって現実に戻される。振り向くと、今までベッドにうつ伏せで息を整えていた高谷が起き上がった。目が合うと、悪戯っぽく歯を見せて笑う。
「……大袈裟だな」
「いやホント。女の子相手だったらフラれてたよ。チェリーくん、力任せなんだもん」
「……ごめん」
高谷がこれ見よがしに腰をさすって見せる。自分の拙さを目の前に突きつけられたようで、思わず俯いてしまう。
「いや、そんな本気で取られても困るんだけど」
呆れたようにぼやいて、高谷は一糸纏わぬ姿のままベッドを降りた。部屋に設置された冷蔵庫を開ける。上体を屈めると、締まった尻がこちらに突き出る。
「服、着なよ」
「いいじゃん、もう全部見せ合った仲だし」
彼は取り合わず、軽口とともにミネラルウォーターのペットボトルをこちらに差し出した。
「飲む?」
「水……あるんだ」
「ああ、なんか入ってたから」
受け取り、蓋を開ける。一口飲むと、一気に乾きを自覚した。そのことに驚きながら、一気に半分くらいを飲んでしまう。
高谷はそのまま隣に座ってきた。裸同士の肩が触れて熱を感じる。彼はどうも、出会った頃から距離が近い。
楽しそうに、こちらの顔を覗き込んでくる。
「で、どうだった?」
「何が」
聞き返すと、高谷はにんまりと笑った。猫のような口が言う。
「チェリーじゃなくなった感想」
本当はもっと、怒ったり、恥ずかしがったりするべきだったのかもしれない。
けれども本当に、そんな余裕すらなく。思った通りのことを口にしていた。
「……つるつるでびっくりした」
高谷はきょとん、と目を丸くした。そして、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑った。
「そこかよ!」
——あの子さ、お前に気があんだよ。
親友がそう言ってからかう。戸惑いながら「そんなことないよ」と返事をした。
謙遜などではなく。本当に、よくわからなかったのだ。どうしてあんなことを言われたのかも。好意とは、どんなものかもよく知らない。
親友は少しだけ真面目な顔になって続けた。
——好きでもない奴、わざわざ遊びに誘ったりしないだろ。
「あ、チェリーくん?」
ケータイの向こうから聞こえてきた軽薄な声。
「今度のオフさぁ、遊びに行こうよ」
その誘いの意味は。
「帰る」
急に心臓が勢いを取り戻して脈を打った。勢いよく立ち上がり、ソファの上に脱ぎ捨てられた服を取る。
「えっ、まだ時間残ってるけど」
「でも……帰る」
頑なに答え、Tシャツを着る——そこでぐい、と腕を引かれた。
「どーしたの」
ベッドに座ったまま、高谷はこちらを見上げている。
「急に恥ずかしくなっちゃった?」
そして彼は手に力を入れて、自分の方に強く引き寄せた。いつもだったらそんなことないのに、思わずバランスを崩して彼の方向に倒れ込む。
高谷の上に覆い被さるような形になる。剥き出しの局部が見えて、思わず目を逸らした。
「そりゃ、恥ずかしいよ」
先程の行為が思い起こされて、声が上擦ってしまう。きっと彼の特別な耳は、この鼓動を捉えているに違いない。
「そっちは……な、慣れてるのかもしれないけど」
「いや、そんなことないけど?」
「だって、女の子たちが、たくさん……」
「応援してくれる子たちに手ェ出してるって? さすがにしねーよ、そんなバカなこと」
何が馬鹿なことなのかわからなかった。あの中の誰が高谷と付き合っていたとしても、絵になるだろうと思った。少なくとも、自分よりは。
「こんなとこ来んのは、チェリーくんとが初めてだよ」
高谷の腕が首に回り、顔が近づく。キスされるのかと身構えたが、甘えるように抱きつかれただけだった。
「女の子ってさ」
鼻が触れるような近さで囁かれる。
整った顔立ちに、特徴的なアーモンド型の大きな瞳。一瞬、思わず見惚れてしまった。
「可愛いけど、なんか苦手なんだよね」
それは、ちょっと、わかる。