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    ゆりお

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    ゆりお

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    同人誌「帰年」掲載。

    テキサスとラップランド テキサスは現状に満足している。

     簡易ベッドの上でテキサスは目を覚ました。
     枕元を弄る。そこに何もないことで、ようやくここが龍門で、そこで運送業を営むペンギン急便の拠点の一つであることを思い出した。
     バーとしても営業するここのバックヤードに各々ベッドやらソファやらを詰め込んで自由気ままに過ごしている。もっとも今夜にでも爆破され、明日には消し炭になっているかもしれないが。トランスポーターとは——少なとも、ペンギン急便とはそういうものだ。
     ベッドの上で足を崩して座り込み、テキサスはぼうっと窓の外を眺めた。今日もいい天気だ。テキサスは無意識に唇に触れた。口寂しさを覚える。同時に、腹が鳴った。
     制服の上着だけを羽織って部屋を出る。
     すでにバーでは、メンバー達の言い争いが始まっていた。
    「なんで朝からアップルパイなの!?」
    「別にええやん。エクシアはんのアップルパイは絶品やし」
    「グラビアの撮影があるから、ダイエットしてるって言ったのに!」
    「じゃあソラはんは食べなきゃええやん」
    「何でそんなこと言うの!」
     大体、それだけで内容は十分だった。
     扉を開けると、予想通り涙目のソラをクロワッサンがいなしている。キッチンでは、一人のサンクタがパイを切り分けていた。
    「テキサスおはよう! ソースは何にする?」
    「チョコレートを」
    「オッケー!」
     エクシアは親指を立てて満面の笑みを返した。そのやりとりに、他の二人もテキサスの登場に気づいたようだ。
    「テキサスさんおはようございます! エクシア、私はストロベリーね!」
    「なんや、結局食べるんかい」
    「甘いものは朝食べたた方が太らないんです!」
     テキサスはエクシアの隣に並び、コーヒー豆を戸棚から取り出した。
    「飲むか?」
    「砂糖たっぷりで!」
    「みんなは」
     カウンター越しに声をかける。
    「ありがとうございますテキサスさん! ミルクをお願いしていいですか」
    「ウチはブラックで頼むわ〜」
    「わかった」
     これがいつもの朝だ。

     朝食を済ませ、テキサスは車に乗り込んだ。助手席にはエクシアが乗る。
    「今日は平和だといいね〜」
    「ああ」
     エンジンを点火し、スピーカーの再生ボタンを押す。流れるのは最近リリースされたソラの新曲だ。
     相棒の天使は、車の窓から無防備に顔を突き出している。
    「いい天気だね。いいことありそう」
    「ああ」
     テキサスは頷いてアクセルを踏み込んだ。

     なぜか車は吹っ飛び全損した。
     午前の配達は終わり、荷物がなかったのだけが不幸中の幸いだ。
    「おう、遅かったな」
     歩いて拠点に戻ると、カウンターで一杯を決め込むボス——エンペラーが出迎えた。
     優雅にグラスを傾け、彼は顎でテーブルの上の袋を指す。
    「昼飯、ジェイの小僧の店で買っといてやったぜ。蟹雑炊だとよ」
    「わあい」
    「ありがとう」
     疲れ切った二人はソファに倒れ込むように座り、袋の中から自分の分を一つずつ取り出した。
     エンペラーの話は続いている。
    「来週からは朝活フェアが始まるらしい。朝に買いにきた客にはポイントがつき、それが貯まると一杯タダになるんだと」
    「いいね、みんなで行こう」
    「そうだな。節約は必要だ」
     エンペラーは頷いた。そして、ようやく核心に触れた。
    「何でそんなボロボロなんだ?」
    「さあ」
    「なんでだろうねー」
     テキサスは首を傾げ、エクシアは笑った。それよりも何よりも腹が減っている。ボロボロの服を着替えるよりも何よりも、漂う蟹の香りの方が一大事だった。テイクアウトの器の蓋を外し、押し寄せた芳しい湯気に二人はようやく肩の力を抜いた。
    「おう、テキサス」
    「なんだ、ボス」
    「午後からはロドスの方に行ってくれねえか。急だが、お前に来て欲しいんだと」
    「……分かった」
     テキサスは頷いた。断る理由は特にない。
    「えー、あたしはー?」
     エクシアが、不満の声を上げる。
    「お前はこれからツアーだ。謝罪という名の音楽を一緒に奏でようぜ」
    「なんでさ!?」
    「この前荷物が爆発したのを覚えているか? 誰も怪我はなかったからうちとしては無問題なんだが、道路に穴が空いたせいで龍門のお偉いさんがおかんむりなんだよ。ケツの穴が狭めぇ奴らだよな。俺たちが空けた穴はデカすぎて水道管が破裂したってのにな」
    「あれはボスが——」
     騒ぎ立てる二人がお互いを罵り合う声を背に、食べ終わったテキサスは着替えるためにその場を後にした。

     騒がしい毎日にテキサスは満足している。

     皮膚が焼切れそうな太陽の照りつけ。峡谷の地面の固い感触が靴裏から伝わってくる。風に混ざる砂。
     荒野に立つのは久しぶりだった。テキサスは、強い風に乱れる髪を耳にかけた。ざらりと砂粒が指に纏わりついて不快だった。
    「よう、あんたがテキサスか」
     先着していたらしい、赤いツナギを着たヴァルポの男が気さくに出迎えた。
    「噂には聞いてるよ、あんたもシラクーザにいたんだって?」
    「……ああ」
    「俺はキアーベ。あ、感染者とかそういうの気にするタイプ?」
    「いや」
    「ならよかった」
     テキサスは差し出されたキアーベの手を握った。無骨な手の感触は、戦士よりも職人を思わせた。
    「どっかのファミリーの残党がここに逃げ込んだらしいぜ。そんで事情に詳しい俺たちが呼ばれたって」
    「その程度でロドスのオペレーターを派遣するのか?」
    「さあ、危機契約機構からの依頼だって言うからな。レユニオンも絡んでるらしいけどよ。ま、詳しいことは事前調査の奴から聞けばいいさ」
     キアーベはじっとテキサスを見た。
    「どこかで会ったことあるか?」
    「少なくとも私は知らないな」
    「だよなぁ」
     ヴァルポの男はへらりと笑った。まるで別の意図を含んだような台詞だったが、彼はそんなことを思いつきもしない様子であった。
    「あんた以外のオペレーターはもう到着してる。一時間後にブリーフィングして作戦開始だ」
    「了解した」
     シラクーザから来た二人は、黄砂の中を歩き出した。

     作戦はさほど時間は掛からなかった。岩陰に隠れた敵を探し出し、始末するだけ。
     テキサスにはとても容易なことだった。荷物を無事に届けることより、銃弾飛び交う繁華街を車で走り抜けることよりも、よっぽど。慣れ親しんだ行為だった。
    「テキサス」
     背後から声がかかる。テキサスは振り向かなかった。
    「いい風だね」
     風は徐々に強まって鬱陶しいほどだった。テキサスは大きく息を吐き、それからゆっくりと吸った。それだけで、もう脈拍は落ち着いていた。
    「昔を思い出すね。あの時も二人でこうやって、裏切り者を探し出して殺した——懐かしいよ」
     テキサスはゆっくりと振り向いた。
     ラップランドは乱れる銀髪も意に介さず、あの不気味な笑みを浮かべていた。彼女のことは、あえて目に入れないようにしていた。
    「腕も全然衰えてない。さすがテキサスだ」
    「任務を遂行しただけだ」
     にべもなくテキサスは答えた。
    「昔のテキサスみたいだった! まだドキドキしてる」
     ラップランドの頬が紅潮し、瞳の中の狂気が強くなる。
    「君も興奮してるだろう?」
    「離せ」
     腕を掴まれ、テキサスは警告した。
     しかし、ラップランドには聞こえていないようだった。爪が刺さるほどテキサスの服を掴み、追い縋る。
    「ねえ、一緒にシラクーザに帰ろう? トランスポーターなんか似合わない。また今日のように、人をゴミみたいに殺——」
    「しつこい」
     警告は一度だけだ。
     まるで吸い終わった煙草を捨てるように——無造作に、テキサスはラップランドを殴りつけた。拳で強かに頬を打たれた彼女の身体は、容易に硬い地面の上を転がった。
     その行為は岩陰に隠れていたので、他のオペレーターには見えなかった。
     倒れたラップランドは、反射的に身を丸めた。身体の柔らかい部分を守るためだったが、予想した痛みはなかった。ラップランドはゆっくりと顔を上げた。鼻から垂れた血が、ぬるりと唇を濡らして顎から滴った。鉄錆の臭いがした。
     無感動な瞳がラップランドを見下ろしている。渇望した、氷のような冷徹な表情で。
    「戻りたいなら一人で戻れ。私には関係ない」
     抑揚のない声で、テキサスは無情に告げた。
    「はは、ははは……」
     ラップランドの口から乾いた笑い声が漏れた。瞳から涙が零れ落ちた。
    「帰れないよ」
     まるで祈りを捧げる信徒のように、ラップランドはテキサスを仰いだ。
    「だって……もう…………」
     彼女はそのまま泣き崩れた。震える背中をしばし見つめ、おもむろにテキサスは踵を返した。

     テキサスは現状に満足している。
     彼女は全てを受け入れている。
    「おはよ、テキサス!」
     今日も朝から元気な相棒の挨拶に、顎を引いて答える。
    「朝ごはんは屋台にしない? ほら、スタンプが貰えるってやつ」
    「わかった。支度をする」
     テキサスが頷くと、ソファにいたソラやクロワッサンも振り向いて話に入ってくる。
    「エクシアずるい! 私も行く!」
    「言い出しっぺのボスはまだ寝とるん?」
     そのまま仕事に行けるよう制服に着替え、皆で拠点を出る。
     こういう時、テキサスは一歩後ろで皆の会話を聞いていることが多い。彼女自身、そうすることを好んでいるし、ペンギン急便のメンバーはそれに慣れている。
     けれども今日は、エクシアが振り返って声をかけてきた。
    「テキサス、なんかあった?」
    「……いや」
     テキサスはゆっくりと首を振った。
    「何もない」
     そしてポケットからチョコレートの箱を取り出し、シガレットの形をしたそれを一本咥えた。

     テキサスは現状に満足している。
     それは彼女が選択した結果だからだ。
     だから、いつかあの場所に戻ることがあるとしても、それは自分の意志に他ならない。
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