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    ゆりお

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    ゆりお

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    中学生の頃の神畑と不破の話です。

    ##灼カ

    神不破/🔥🦛 暑い夏の日、伝えられた練習時間が手違いで一時間早かった。
     体育館が空くまで外で待たなければならず、 水堀が買ってきてくれたアイスを食べながら、皆で木陰で時間を潰した。
    「あのさー」
     くだらない話を始めるのは、いつも山田だった、
    「もし自分が女だったら、この中の誰と付き合いたい?」
     しん——と静まり返る。数人が侮蔑の視線を向けた。
    「またくだらないことを……」
    「なんだよ、遊びなんだから気軽に答えろって!」
    「お前だけは嫌だな」
    「なんでだよ! こんなイケメン捕まえて!」
     各々悪態をついたり、ふざけた答えで笑い合ったりしていた。競技の外ではただの中学生だ。自分の名前も挙がったと思う。一番頭がいいから将来性がある——そんな馬鹿な理由だった。
    「仁はどうだよ」
     こういった時に、臆さず不破にも話題を振るのも山田らしかった。どうせくだらん、と切り捨てるか無視するか——皆そう思っていただろう。
     けれども不破は顔を上げると短く答えた。
    「神畑だな」
     再び沈黙が降りた。しかしそれは先程のようなものとは違い、妙な緊張を伴っていた。発端の山田も口を開いたまま、ポカンと固まっていた。
     そのまま変な空気になる前に、出来るだけあっさりと聞こえるように口を開く。
    「そうか、それは光栄だな」
     眼鏡を直すふりをして俯きがちに、かろうじてそれだけを言った。

     その日は練習後、不破が家に来る予定だった。
    「一緒に帰るのか?」
     更衣室を出る時に、声をかけられた。冴木だった。
    「うちで勉強をするんだ。お前も来るか?」
     冴木とは小学校からの付き合いで、昔はお互いよく家を行き来していた。
    「いいよ、俺は」
     冴木は笑って手を振った。
    「邪魔しちゃ悪いからな」
     含みのある言い方だった。

           *

     うたた寝ををしていたようだった。揺り動かされて目を覚ました。
    「時間だ」
     薄暗い部屋で、不破がこちらを見下ろしていた。手探りで眼鏡を探して時計を見ると、もうすぐ親が帰ってくる時間だった。
     慌てて身体を起こす。空気が篭っていて酷く暑苦しく、身体は汗に濡れていた。窓を開けて換気をする。不破は黙々と、床に落ちていた自分の服を身につけていた。
     新しい服を出して着替えると、出しっぱなしだった避妊具や準備に使う道具を片付け、引き出しの奥にしまった。
     親は自分を信頼している。だから中学に上がってから、自分の部屋は自分で掃除することを条件に、勝手に入ってくることはなくなった。だからこそ、不意に眩暈のような強烈な罪悪感に襲われる。それが今だ。
     リビングに出たところで、ちょうど母が帰ってきた。
    「あら、仁君来てたの」
    「お邪魔しています」
     不破はいつも通り、年齢にそぐわない丁寧さで挨拶をした。その礼儀正しさで、母は彼を気に入っていた。
    「お夕飯食べていく?」
    「いえ、今日は家で食べると伝えたので、帰ります」
    「あら残念。また来てね。樹、バス停まで送ってあげなさい」
    「ああ、行ってくる」
     家を出ると夏の遅い日暮れが始まっていた。空が橙から紫のグラデーションを描いている。ここら辺の住宅地は入り組んでいて、バス停までの道が複雑だ。
     不破との会話は少ない。お互い無言のことすらままある。けれども今日は、聞かずにはいられなかった。
    「昼間……」
     けれどもいざ口を開くと、上手い尋ね方がわからなかった。
    「どうしたんだ」
    「何がだ」
    「……お前が、あんなことを言うなんて思わなかった」
     不破がこちらを見上げる。徐々に暗くなってゆく景色の中で、彼の透き通るような瞳の中に光が留まっている。
    「別に、性別など関係なくそう思っただけだ」
     不破が答え、足を止めた。
    「ここでいい」
     後は短い坂を降りれば大通りに出る。いつも彼と別れる場所だった。近くの家には大きな樹が立っていて、ちょうど影になる場所だった。思わずその頬に触れると、不破は無愛想な猫のように目を細めた。おもむろに引き寄せる。不破は抵抗しなかった。
     ゆっくりとキスをする。唇が触れるだけの拙いものだったが、ひどく長い時間に感じられた。
     目を開くとすっかり日は落ちきり、夜の匂いがした。
    「……おやすみ」
    「ああ、おやすみ」
     何事もなかったかのように返事をして、不破が踵を返す。
     彼がけして振り向かないことなど知っているのに、しばらくそこから動けなかった。
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