さくたか/🔥🦛「あっちぃ〜〜!! チェリー君、シャワー貸して〜〜〜!」
合鍵で玄関の扉を開け、我が物顔でずかずかと入りこまれるのも慣れたこと。ノートパソコンに向かってレポートを打ち込んでいた佐倉は、振り向きもせずに声をかけた。
「シャワー浴びて来なかったの?」
「駅から歩いてきただけで汗だくなの! なんでもっと近いとこに部屋借りないかなあ~」
「家賃が高いんだからしょうがないだろ。広い部屋にしろって言ったの高谷のくせに」
高谷は部屋の片隅に荷物を投げると、汗に濡れたTシャツを脱いだ。
「バスタオルある?」
「干してあるの使っていいよ。もう乾いてるから」
「サンキュー!」
上半身裸のまま窓際に干された一枚を取って、勝手知ったる様子で高谷は洗面所に向かおうとする。
その背中に、佐倉が声をかけた。
「あ、そうだ。後でこの前の合同練習の動画もらっていい?」
「ならケータイから直接抜いといて。確かアルバム分けといたはずだし」
高谷は言い、荷物の中からケータイを取り出すと、ロックを解いて佐倉に放り投げる。
キャッチしながら、佐倉もさすがに戸惑ったようだった。
「いいの?」
「別にチェリー君は覗かないでしょ。それに見られて困るものないし」
ウインクと共に、高谷は風呂場へと消えていった。すぐに水音が聞こえてくる。
佐倉は、少し緊張しながらも高谷のケータイを操作し、写真フォルダを開けた。機種が違うと、なかなか勝手が分からない。
アルバムの欄を開く。意外にもしっかりと整理されているようで、いろんなサムネイルが表示される。好奇心でスクロールを見れば、懐かしいイエローとライムグリーンのユニフォームが見えた。奏和高校時代のものだ。
「高校の頃の写真かな? 懐かしい……」
佐倉は呟く。しばしの逡巡後、そっとタップしてアルバムを開いた。少し悪い気もしたが、見られて困るものはないと高谷から言ったのだ。
まず、自分たちが二年のころの主将である、六弦の姿が出てきた。今も交流のあるカバディの名選手である。今とさほど変わらないが、懐かしくて思わず笑みがこぼれる。さらにスクロールをする。同期たちと一緒に写る六弦、高谷が笑いながら六弦の方に手を回している写真、さらに、制服姿のものも出てきた。部活のメンバーの集合写真。そしてこれは卒業式だろうか。卒業証書が入った筒を持った六弦たちの写真――
「ん……?」
違和感に、佐倉が首を傾げる。と、同時に風呂場から聞こえたシャワーの音が止まった。
「チェリー君、わかったー?」
「ん、うん……」
くぐもった声に、生返事をする――瞬間、風呂場のドアを乱暴に開ける音が響いた。
ドタタタタ――
「えっ!? うわっ、何!?」
びしょ濡れの素っ裸で駆け込んできた高谷の姿に、佐倉は飛び上がった。思わず、ケータイを落としてしまう。高谷はそれを見事キャッチすると、そのまま床に倒れこんで丸くなった。
しん……と部屋が静まり返る。
「………………見た?」
「へ?」
間の抜けた声を出す。顔を隠して動かない高谷を見下ろしていると、さすがに鈍い佐倉にも、その意味が分かってきた。
「え、つまり、高谷……六弦さんのこと――」
「アーーーーーッ!」
突然大声を出され、佐倉はビクッと身体を跳ねさせた。再び、静寂が訪れる。佐倉も混乱し、うまく言葉が出てこない。
やがて、丸まったまま高谷は消え入りそうな声で言った。
「オレさ……昔から、どうしようもない男を好きになっちゃうんだよね……」
「ろ、六弦さんはどうしょもなくないだろ!」
未だに状況を把握できていない佐倉だったが、なんとかそれだけ反論する。
「真っ先にそう言えるのは、チェリー君のいいところだと思うよ、ほんと」
高谷はようやくのろのろと起き上がり、呆れた顔で佐倉を見上げた。シャワーを浴びてそのまま飛び出してきたものだから、身体も床もびしょ濡れだった。しかしそれを責める余裕もなく、佐倉はしばし考え込む。
「僕のこと!?」
「うん、まあ、そうなんだけどさ……」
高谷は力なく項垂れると、手に持っていたケータイを佐倉に見せながら、そのアルバムを消去した。
「いやでもこれは、本当に言い訳とかじゃなく、消し忘れてただけだから。六弦さんとは何もないし」
「……ほんとに?」
「本当だって! オレはともかく、六弦さんが何かあった態度だと思う?」
「まあ、それは……」
思わず、納得しながら――でも、と佐倉は高谷を睨みつける。
「見られちゃ困るものはないとか言ってたくせに、めちゃくちゃダサいよ」
「それは、本当に自分でも思ってるから……」
高谷は、真っ赤になった顔を逸らした。
「それに、どうしようもない男ってなんだよ!」
「なんていうかさぁ、オレがいなきゃだめだなあって、思わせてくるとこだよ」
「僕が、高谷がいないとダメってこと!?」
「違うの?」
「そんな――こと、ないし……」
「あと、嘘が下手なとことか」
「うるさい!」
今度は佐倉が顔を赤くして怒鳴る番だった。そのまま背を向ける。
けれども高谷は離れない。そのまま、べったりと抱きついてくる。
「怒ってる?」
「べつに」
「怒ってるじゃん!」
「それよりも早く身体拭いてよ」
しかし高谷は言うことを聞かず、さらに腕の力を強めた。
「なんだよ! チェリー君だってそういうのあるだろ! 好きだった子が中学上がって先輩と付き合いだして三ヶ月くらい落ち込んでたくせに!」
「なんでそんなこと知ってるんだよ!? あっ、ヒロだな! また僕に黙って勝手に――」
思わず振り向いたのが失敗だった。そのまま頬を掴まれ、思い切りキスをされる。音が出るほど唇を吸われ、一瞬、頭の中が真っ白になる。目の前で火花が弾けたような衝撃に瞬きをすると、至近距離で高谷がにんまりと笑っていた。
「今はチェリー君一筋だから、さ」
甘い声で囁かれ、佐倉は今更恋人が裸であることを認識して、身体が熱くなるのを感じた。
「誤魔化そうとしてる……?」
「それでもいいよ。ベッド行こ♡」
「……身体を拭いてからね」
服は濡れてしまったが、どうせ脱ぐからもういい。