栄倉と高谷/灼カバ 17回目の10月5日は未だ夏のように暑い。
もうそろそろ涼しくなってもいいだろうと思いつつ、制服のネクタイを締めてブレザーはクローゼットに置いたまま。
高校生にもなれば特別な日というわけでもない。いつも通りの朝食だ。
「帰り、ケーキ買ってこようか」
パンを齧っているとキッチンから母が言う。
「別にいいって」
「何がいい?」
聞いていない。仕方なく答える。
「じゃあショートケーキ」
減量が必要ないのは幸いとは言えない。それだけまだ身体が出来ていないのだ。
友人は多くもなく少なくもないとも思う。ごく少数の仲の良い奴らからはメッセージが届いたり軽く声をかけられたりしたがその程度だ。毎日遅くまで練習するような部活に入っていなかったら、もしかしたら放課後遊びに行ったり、奢ってもらったり、そんなこともあったのかもしれないけれど。
たまにそんな話で盛り上がるクラスの仲間を羨ましく思ったりもするが、部活を辞めようとは思わない。楽しいことよりきついことの方が多いがやり甲斐はある——と思って自分を励ましている。先輩には気に入られる方だと思う。後輩にも慕われる方だ。今まで、同輩には信頼されてきたと思う——彼に会うまでは。
「え〜いちゃん♪」
先輩のことは尊敬しているし後輩のことは可愛い。しかしこの同輩は好きか嫌いかと言われれば後者寄りだと思う。教室のドアから顔を出してひらひらと手を振る高谷の姿を見て、ため息をつきながら返事をする。
「何の用だよ」
「なんか冷たくない?」
中に入ってきた高谷がすぐ横に立つ。相変わらず背が高い。高谷くんだぁ、と女子の黄色い声が聞こえて腹立たしい。
「数Ⅱの教科書ある? 貸してくんない?」
「べつにいいけど、なんでわざわざこっちまで」
「いーじゃん。栄ちゃんに会いたかったから」
「ファンクラブの子に借りればいいだろ」
「一人に借りたら喧嘩になっちゃうデショ?」
やはり腹立たしい。教科書を取り出すと、やや乱暴に差し出された手のひらに叩きつけるように渡せば、いって〜、と高谷は楽しそうに笑った。
そして、ポケットから何かを取り出して机の上に置く。
「あんがと。それお礼にあげる」
「……もう忘れるなよ」
「ハイハイ。じゃ、部活の時に返すね」
ご丁寧にこちらを見ている女子たちに手を振って、高谷は帰っていく。机の上を見れば、置かれているのは小さないちご大福だった。ずいぶん可愛らしいものだと思いながら、どうせ女子からもらったものだろう。やはり少しムカムカしたが、好物なので授業が始まる前に一口で食べてしまった。