奏和高校/灼カバ「失礼します」
「おう、六弦。部活、ご苦労様だったな」
六弦が職員室に入ると、昨年の担任が声をかけてきた。学生時代にスポーツをやっていたらしく、何かとカバディ部のことも気にかけてもらっていた人だ。
「そうだ、片桐は大丈夫か?」
「はい。おかげさまで最後の大会には無事に出場できて——」
「いや、そっちじゃなくて」
「……?」
六弦が怪訝そうな顔で首を傾げると、教師は眼鏡の位置を直しつつ、気の毒そうな表情をした。
「あいつ、このままだと卒業危ないらしいぞ」
そして、沈痛な面持ちでそう告げた。
「——ということで、勉強するぞ」
六弦は自室に集めた(元)部員たちの顔を見渡した。体格のいい男たちが狭い一室に身を寄せ合うのはむさ苦しいがもう慣れている。時刻は夜の20時。明日は休みであるので、夜通しテスト勉強をする予定だった。
「片桐、今後絶対赤点を取るなよ。すまんが木崎も見てやってくれ」
「ああ」
「まあさすがに留年者出したら気まずいもんな……」
「はは、引退したのに大変っすねー」
ヘアバンドをいじりながらぼやいた木崎は、隣で笑う後輩を睨んだ。
「で、なんでこいつまでいるんだよ」
「なーんか楽しそうなこてしてるなって!」
満面の笑みで答える高谷。無言で睨まれた六弦は苦り切った顔で答えた。
「帰ってきたら玄関の前にいたんだ」
「家にいついた野良猫みてーだな……」
悪い方に感心する木崎に対し、高谷はまったく悪びれた様子がない。
「六弦さんの家も来てみたかったし! ねえなんで壁に穴空いてるんですか? 反抗期?」
「…………」
「先輩たちテス勉するんすよね。せっかくなら俺も教えてもらおうかなーと」
高谷の言葉を、木崎が笑い飛ばす。
「俺たちに勉強が教えられると思ってんのか?」
「えー、でも六弦さんは真面目に勉強してるタイプでしょ? あ、これ小テストですか?」
「お、おい」
焦る六弦の制止もサッと避け、プリントを手に取る。目を落とした高谷がすぐに顔色を変える。
「えっ!? 六弦さんてこんなだったの!? 俺ちょっとショックなんすけど!」
「知らなかったのか? こいつは提出物で成績稼ぐタイプだぞ。部長経験者で推薦狙ってよ、きたねーよな——グエッ」
なぜか嬉しそうに語り出す木崎に、六弦は無言でチョークスリーパーを決める。
「ほら遊んでないでさっさと勉強しましょー」
「集中しろ」
「お前ら……」
咳き込みながら木崎は高谷と片桐を睨みつけたが、渋々と参考書に向かった。
六弦はふと目を覚ました。いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。時計を見るとすでに3時を回っている。木崎も仰向けで腹を出して眠っているし、高谷に至っては勝手にベッドを使ってスヤスヤと寝息を立てている。
ただ一人片桐だけが、カリカリとノートにシャープペンシルを滑らせていた。
「……まだ起きていたのか」
「ああ」
手を止めずに、頷く。
「あまり無理をするな」
「ああ」
片桐の目は赤く充血している。こういう男だったな、と嘆息し、珈琲でも淹れてきてやろうと六弦は立ち上がった。