宵越/灼カバ「トリックオアトリート!」
楽しそうに声を上げて教室に入ってきた人見を、宵越は弁当で頬を膨らませて見やった。満面の笑みを浮かべていた人見だったが、徐々に顔を赤らめて俯いた。
「何か反応してよ……」
「いや、いきなりどうしたんだよ」
ごくりと口の中のものを飲み下しながら、宵越は怪訝そうな目を向ける。
「だって今日ハロウィンでしょう? ほら、お菓子をくれなきゃ悪戯するよ!」
「はあ……?」
「もしかして宵越くん、ハロウィンをよく知らない……?」
昼飯を食べる手は止めないまま、ああ——と宵越は頷く。
「知ってるぞ。あれだろ、コスプレして渋谷で騒いで迷惑かけるやつだろ」
「知識が偏ってるなあ……」
冷や汗を垂らしながら、人見。
「子供の頃やらなかった? 仮装してご近所回ってお菓子もらうやつ」
「食い物がもらえるってことか!?」
宵越は途端に目を輝かせて、やる気を見せ始める。
「そうだよ。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って意味なんだから。ほら、お菓子がないならイタズラしちゃうよ」
手をわきわきと動かしながら顔を寄せる人見に、少し気まずそうに身を引きながら。宵越は答える。
「ねーよ菓子なんか。あったら自分で食うしな」
「まぁ、宵越君だしね……」
残念そうに肩を落とす人見に、ずいっと手を差し出す。
「お前は? なんか持ってんならくれ」
「せっかくだから台詞言ってよ〜」
「んな恥ずかしいこと言ってられっかよ」
「はいはい……」
言っても無駄だと悟った人見はため息と共に、持っていたクッキーを渡した。
「サンキュー」
食後のデザート代わりに食べようと机に置き、二つ目の弁当に手をつける——と、人見がまだそこにいて、じっとこちらを見つめていることに気づく。優しく穏やかな雰囲気に、少し困惑が混ざったような、憂いを帯びた表情だった。
「……元気出た?」
「は? 何がだ」
「ううん、なんでもない」
首を振るといつもの彼に戻っている。それじゃあね、と手を振って人見は教室を出て行った。
授業が終わって、宵越は鞄を担いでいつも通り部活へと向かう。
旧体育館へ続く廊下は静かだ。放課後の喧騒がグラウンドから聞こえて来る。自覚はなかったがいつもより少し俯きがちに歩いていると、突然背中に衝撃が走る。
「トリックオアトリート!」
「うお!」
叫び声と共に前につんのめりながら、宵越は振り返って声の主を睨みつける。そしてすぐに、驚きに目を見開いた。
「ぶ、部長!? いきなりなんだ!」
「あはは、もう部長じゃないよ」
後輩の背中に頭から突っ込んだ王城は、勢いよく顔を上げながら笑って見せた。宵越が気まずそうに口をつぐんだことには気づかず、間延びした口調で告げる。
「宵越くんが見えたからさ。今日ハロウィンなんだってね。でもイタズラしちゃったからお菓子はもらえないや」
これ、あげるね——王城はポケットから取り出した飴玉を渡す。
「……ども」
宵越はそれを受け取ると、すぐに口に入れた。着替えが終わる頃には溶けきっているだろう。王城と並んで歩き出す。
「すっかり寒くなったねえ。部活、頑張ってる?」
「うっす……」
「あれ、なんか元気ない? そんな感じだったっけ」
「……べつに」
すぐそこを左に曲がれば玄関で、まっすぐ進むと旧体育館だ。
「じゃあ、またね。今度また顔を出すから」
「受験、大丈夫なのかよ」
「はは、まさか宵越君に心配される日が来るなんて」
「う、うるせーな」
向こうが手を振って、こっちが顎を引くように軽く頭を下げて。
なんだかそれが、妙に落ち着かなかった。