右藤/灼カバ 田舎というのはあっという間に話が広がるものだ。ほぼ全員がお互いを知っていて、いい意味でも悪い意味でも他人はいない。
「ヒロ、おまえ本当に紅葉受けんのかよ」
進路指導の待ち時間、隣に座ったクラスメイトに尋ねられる。
「んー、まあな」
「勘弁しろいな、俺の枠がなくなる」
「隣町のにすりゃいーべ」
「やだよ、あんな不良の巣窟。ぜってーボコられるじゃん」
クラスメイトは頭を抱え、大きくため息をついた。
「じゃあ私立は? 少しは都会に行けんじゃん」
「成績足りなくて私立行ったら親に殺されちまうよ」
「はは、ならせいぜい勉強するんだな」
朗らかに笑い飛ばしてやると、彼は呆れた顔を見せた。
「もったいねーやいな、せっかく東京行くって話だったのに」
「んー」
いつもみたいに、何でもないように笑ってみせる。
「まぁ俺が東京には早すぎたってことで」
「……あっそ」
そうすればこれ以上踏み込まれないからだ。
友人程度だったらこんなもので済むからいい。問題は身内だ。
「東京行かないってマジ? この部屋私のものになると思ってたのに、サイアク!」
勝手に部屋に入ってくるなり、妹はそう捲し立てた。
「もうみんなに自慢しちゃったじゃん! どうしてくれんのよ!」
「それはお前が悪いだろ。てかノックしろよ」
「あーあ、せっかく東京で服とか買ってきてもらおうと思ったのになぁ!」
妹という生き物は兄の話を聞かないものなのだろうか。中学に上がって服だの化粧だの、色気付いてからさらに酷くなった気がする。
妹は腕を組んで、こちらを睨みつけてくる。
「……カバディ、やめちゃうの?」
小さな声で言って、慌てて付け足す。
「別に、続けてほしいわけじゃないけど。せっかく海外まで行ってさー。私だって行ったことないのに!」
表情は険しく問い詰める口調だったが。分かりやすさに思わず笑い出しそうになる。そうしたら今度こそ本当に機嫌を損ねてしまうので我慢したが。
「やめねーよ」
一瞬、眉間の皺が緩んだのを見逃さなかった。安堵したように、妹の口調が少しだけ穏やかになる。
「でも紅葉にはカバディ部ないじゃん。てか、ある学校知らない」
「そりゃほとんどないからなー」
苦笑し、頷く。
「でも、やるんだよ。俺がやるって言ってやらなかったことあったか?」
「昨日洗濯物とりこむの忘れてお母さんに怒られてた」
「そういうことはいいんだよ」
妹はまだ怪訝そうに目を細めていたが、やがてため息と共に肩の力を抜いた。
「まぁいいけど……次インド行ったらまともなお土産買ってきてよね」
「なんでだよ! イカしてるだろ光る仏像」
「最悪。玄関で光らせるのもやめて。友達来たとき恥ずかしいから」
「お前がいらねーって言ったんだろ!」
「だってほんとにいらないし! あーあ、やっとウザい兄貴とおさらばだと思ったのになぁ!」
入ってきたのと同じ勝手さで部屋を出て行く。お前こそ可愛くない妹だと言い返そうともドアを乱暴に閉める音にかき消される
はあ、と大きくため息をついてベッドに大の字になる。天井を見上げながら、ぼそりと呟く。
「ま、やるんだよ」
そのために、まずは勉強しないといけない。机に向かうため、勢いよく起き上がる。