高谷と若菜/🔥🦛 高谷煉は不思議なやつだ。
初めてコートで見たときの第一印象はすげー選手。同じ一年なのにリーチがあって上級生からもバンバン点取って、まるで魔法みたいだった。
外で会ってみると、背が高くて、男から見ても整った顔をしていて、悔しくなるのもバカらしくないくらいカッコいい。態度は正直軽薄だけど、黙っていると雰囲気がある。
そう、今みたいにカフェから通りを眺める横顔だけで絵になる。
今まであまり関わりのなかったタイプだ。英峰の先輩たちも落ち着いていて、いわゆる"イケメン"だと思うけど、それともまた違う。ああでも、たまに少しだけ八代さんに似てると感じる。人当たりがいいのに、なにを考えているのかいまいち分からないからだろうか。
「せっかくのオフなのにさ、おれと遊んでていいの?」
ようやくトーストを食べ終わって、声をかける。高谷がこちらに向き直った。いつも何か面白がるようなアーモンド型の眼。妹がいるって言ってたけど、可愛いんだろうな。
「なに、突然」
「彼女いるんじゃないかと思って」
「あれ、言ってなかったっけ? オレ、ゲイなんだよね」
おれは最初よくわからなくて、ぽかんとしてしまった。言葉の意味は知っているけれど、面と向かって言われたのは初めてだったのだ。
何か言葉を探す前に、高谷がスマホを見た。
「あ、そろそろ店開くから出よーぜ」
そう言って、伝票を持って立ち上がる。
高谷と遊ぶときはいつも朝が早い。よくオススメの店に連れてってもらってモーニングを食べる。みんなあんまり付き合ってくれねーんだよな、六弦さんは朝からカツ丼食うタイプだし。そう言って笑っていた。おれは早起きは慣れているし、そんなにガツガツ食べられる方でもないし、知らないところに連れてってもらえるのは楽しい。
自分が頼んだ分のカフェオレの料金を払う。高谷は珈琲が好きだからいろんな喫茶店を知ってる。本当は珈琲って苦いから苦手だった。でも飲めないと先輩たちにお子様だとからかわれるから、無理矢理飲んでいたら飲めなくもなくなったけれど。でも高谷の前だと自然とカフェオレを頼むことができた。
外に出て、先程の会話が途中だったことを気まずく思う。
「あのさ——」
「心配しなくてもいーよ。キミのことはそんな目で見てないし」
高谷はなんでもないように言って笑った。
「でも、もし嫌だったら、これから誘いを断っても——」
「そんなことねーよ!」
思わず大きい声が出た。高谷が目を丸くした。
少し気恥ずかしくなって、声を落とす。
「高谷と遊ぶの楽しいし」
「はは、オレも」
いつものように笑ったから、少し安心した。
「六弦から連絡が来たんだが、奏和の高谷に連絡先を教えてもいいか?」
神畑さんからそう聞かれたのは、一年の冬大会が終わってすぐのことだった。
「いいすけど……」
「そうか。ならそう返しておく」
神畑さんは頷いて、持っていたスマホに指を滑らせる。今まさに、返信してるのだろう。
「いいんすか?」
「なにがだ?」
「一応ライバル校だし……」
「別に、問題ないだろう。仲良くなったのか? そういえば、試合後に話してたな」
「ええと……」
思えば、いくらベンチのメンバーでも、負けた相手に失礼なことをしたと思う。少し不安になった。
「人口の少ないスポーツだ。同学年なら気兼ねもしないだろう。せっかくだからいろいろ話をしてこい」
神畑さんはそう言ってくれたけど、気後れした理由は、当の神畑さんが中学時代の仲間と距離を置いているように感じていたからだ。
「あれは神畑君の意地のようなものだから、若菜君が気にすることではないですよ」
八代さんはそう言っていたけど、気になるものは気になる。
けれども高谷は、まるで昔からの友達だったかのように気安く挨拶をしながら待ち合わせの場所に現れた。
「音楽、せっかくならオススメ教えようと思って。まずなに聞けばいいかわかんねーだろ?」
奏和の六弦さん——あのすごいムキムキな人が、後輩が生意気で苦労すると珍しく愚痴をこぼしていたらしいので、その親切さにはひどく驚いた。
思わず何か裏があるのかと思ってしまったが、そのままいくつかのショップを回って、色々と教えてもらった。前は水泳をやっていたはずなのに、音楽についても驚くほど博識だった。
「CD派じゃないなら曲だけメモして帰ってからダウンロードしても——」
「いや、買うよ」
おれは首を横に振ってCDを手に取った。
「そう?」
「だってジャケットかっこいいし」
音楽の良さはまだわからないけど、高谷が勧めてくれたものは、思わず部屋に飾りたいと思わせるものだった。
「だよなー!」
高谷が嬉しそうに笑った。その顔が幼くて、こいつはいい奴なんだとわかった。
休日の都心は人で溢れている。スクランブル交差点で肩がぶつかって、思わず人混みに流されそうになる。
「うわっ」
たまらずたたらを踏んで、顔を上げる。はぐれないように高谷を探すが、姿が見えない。背が高い彼は探しやすいはずなのに。焦った瞬間——肩をがしりと掴まれた。
びっくりして振り向くと、そこには高谷がいた。
「大丈夫?」
「……わりぃ」
高谷は手を離さず、肩を抱くようにして背が低いおれを守るように道を渡りきる。なんだか妙にドキドキして、気づかれないか気が気じゃなかった。もちろんすぐに離れて、いつものように歩き出したけれど。こんなことされたのは初めてで『彼女ができたらしたいこと』を当然のようにされたのが、ちょっとショックで、死ぬほど恥ずかしくて、顔が熱くなった。
そんなおれの気持ちを感じ取ったように高谷が振り向いて、にやついた笑みを見せた。
「好きになっちゃった?」
「はあ!? んなはずねーだろ!」
「はは、顔あけーからさ」
指摘され、手を当てて頬の火照りをとりながら、尋ねる。
「……付き合ってる人、いんの?」
「ん?」
「彼女じゃなくても、誰か——」
「いねーよ。だって気まずいじゃん」
その言い方でピンと来た。
「好きな人いるんだ」
隠す気もないようで、高谷は笑って頷いた。
「距離が近い分気を使うんだよなー。向こう絶対ノンケだし」
「ふーん……」
自分には今まで縁のないことだったから、うまくは言えなかったけど。
「べつに、いいんじゃね? 好きでいるのは自由だろ」
「…………うん」
高谷は小さく頷いた。彼らしくないその態度に、相手のことを本気で好きなのが感じ取れて、なんだかおれまで恥ずかしくなった。
相手のことは聞かなかったけれど、そのあとすぐの夏の大会で、なんとなく相手は誰かわかってしまった。
自分に置き換えると相手が神畑さんということになる。たしかに気まずい。気まずすぎる。
まあ、言った通り。好きでいるのは自由だ。引退して、部長じゃなくなって——それはとても寂しいけれど。きっとチャンスができたり、そういうこともあるんだろう。ぼんやりと考える。
三年になってすぐ、部活の仲間に大学の大会を見に行こうと誘われた。会場の前で待っていると、声をかけられる。
「あ、若菜くん」
「佐倉」
紅葉の佐倉だった。試合のときとは別人のように、人の良さそうな笑みを浮かべている。
「久しぶりだね、元気だった?」
「ああ、お前も見に来て——」
「チェリー君〜! 待った?」
軽く世間話をしようとしたところに聞き慣れた声がして、振り返る。なぜか佐倉が慌て出した。
「高谷」
「あれ、来てたん? なんだ、この前会った時言ってくれればよかったのに」
「おまえこそ」
そういえば、神畑さんはああ言ってたけど、あんまりこいつとはカバディの話をしない。不思議とそうなるのだ。もしかしたら、そういうところを高谷も気に入ってるのかもしれない。
おれたちの会話に、佐倉が首を傾げる。
「この前……?」
「そ、たまに遊んでるんだよなー。タメだし」
「おう」
高谷の言葉に頷くと、なぜか佐倉はショックを受けた顔をする。ますます不思議に思いながら、尋ねる。
「そっちこそ、今日は一緒なのか? 仲良かったんだな」
「いや、別に——」
首を横に振りかけた佐倉の腕に、高谷が抱きついた。思わずギョッとすると、満面の笑みで告げる。
「そうそう! 紹介しなきゃだと思ってたんだよな〜オレのカ・レ・シ♡」
「……………………は?」
おれはびっくりしすぎて固まった。
今度こそ、死ぬほど驚いて、頭が真っ白になった。カバディの時はともかく、普段は大人しい印象の佐倉が、目の前で高谷のことを思いきり殴ったのもめちゃくちゃびっくりした。でもそれが高谷の言ったことが本当だと裏付けている。佐倉がしまったという顔で固まる。おれはまだ動けない。高谷が楽しそうに声をあげて笑い出した。本当にわからない奴だ。