高谷煉ファンクラブ/灼カバ「はい、これ! この前の練習試合のスコア表です!」
女子たちから差し出されたノートを、戸惑いながら六弦は受け取った。
「あ、ああ……いつもすまないな」
「はーい、それじゃあ今日も上で見てますね〜。頑張ってくださーい!」
「いつも言っているがあまり騒がないように……」
「了解で〜す!」
わいわいと連れ立って階段を上がっていく女子の集団を見送りながら、六弦は深々とため息をついた。そんな彼に、同輩の木崎が声をかける。
「お前、あの集団慣れてきたな」
「……応援してくれているのだから、無下にもできんだろう」
苦々しく、六弦は思い返す。
部長になって初めての仕事が、彼女たち——高谷煉ファンクラブへの注意だった。
「悪いがキャントが聞こえないからレイド練習中の声は抑えるように——」
説明しながら、六弦は落ち込んでいた。カバディという競技を続けていてまさかこんな目に遭うとは思わなかった。他の世界組は絶対にこんなことしていない。確信があった。
だが、彼女たちはけして悪い子たちではない。皆、すぐに済まなそうな顔をして謝った。
「ほら先生に怒られちゃったじゃん!」
「すみません気をつけます〜」
「……俺は二年の六弦だ」
「えっ、先輩なんですか!?」
「顧問の先生だと思ってた!」
後ろで高谷が爆笑したので叱りつけたらブーイングされた。
嫌なことはさっさと忘れようと六弦はかぶりを振った。
「お前こそ最初は文句しか言ってなかったじゃないか」
木崎はふっと笑い、ヘアバンドの位置を直しながら答えた。
「最近考え直したんだよ。あれだけいれば俺の魅力に気づく子も一人くらいはいるんじゃないかって」
「……お前、本当に馬鹿なんだな」
「うるせーな!」
六弦からの同情の視線に声を荒げながら、木崎は先ほど彼女たちから渡されたノートを奪った。広げてみると、そこには先週の練習試合のスコアがまとめられていた。ペンを使ってカラフルに装飾され、撮影した写真まで貼られている。木崎は感心した。
「すごいな」
「目がチカチカする」
眉間を揉み解しなら言う六弦に「おっさんかよ」と軽くツッコミを入れながら。
「相手校のデータまであるじゃん。身長、体重、ポジション——得意なことまで。どうやって調べたんだこれ」
木崎の言葉を聞きつけたのか、観客席から声が聞こえる。
「聞いたら教えてくれました〜!」
「お、おお……すげぇな。女子って」
若干引きつつ、感心する。
そこに着替えを終えた高谷が体育館に現れ、途端に黄色い声が上がった。
「キャアーーー!! 煉くんー!」
「今日もカッコいい〜♡」
「ハハ、いつもありがとね」
軽く手を振りながら、高谷は答えた。余裕のある後輩の態度に怒りを感じながら、木崎は彼の肩に腕を回した。声を潜めて尋ねる。
「で、お前さぁ、あの中の誰が本命なんだよ」
「やだなぁ。そんな話やめてくださいよ」
へらへらと高谷は答えた。
「誰がいいとかないですってー。女の子ってみんな可愛いじゃないっすか」
「お前が言うと死ぬほどムカつく」
「えー?」
高谷は掴み所のない顔で笑っている。
六弦はもう一度ため息をつき、練習始めるぞ、と声を張り上げた。
昼休み、教室の片隅で机をくっつけて少女たちが話し合っている。
「Tシャツ作ろうよ、お揃いの」
「いいね。何色にする?」
「煉くんのイメージだから赤?」
「え、私は青だった!」
そこに一人の女子が声をかける。
「なにやってんの」
「新しい応援グッズ作ろうと思って!」
少女たちは楽しそうに答える。
「よくやるねぇ。高谷くんてあんなにカッコいいんだから、彼女いるんじゃないの?」
「今はいないんじゃないかなー。部活ばっかりだし、そういう雰囲気ないよね」
「いたとしたも他校か〜。年上の人か〜」
「あ、それいいー! 煉くんが大人と付き合ってるのドキドキするー!」
少女たちの会話に、女子は呆れた。
「あんたたち、他の女に取られていいの?」
「そりゃあ寂しいけど……べつに煉くんと付き合いたいわけじゃないしなー」
「へ? そうなの?」
「うん。それに彼女作るとしても、絶対この中からはないよねー」
少女たちは一斉に頷いた。
「えー、それでいいの?」
「うん。ていうか、だからファンクラブやってるっていうか」
「あ、それわかるー」
「なにそれ、全然わかんない」
女子は、ますます理解できないようだった。
「あんただってアイドルのファンクラブ入ってるけど、付き合いたいわけじゃないでしょ?」
「いや付き合えるなら付き合うけど。ホテル誘われたら絶対行くし」
「うわサイアクー」
「煉くんはそんなことしませんー」
少女たちの声が楽しそうにさざめいている。