伊達と水澄/灼カバ キッチンからは油が跳ねる音と、香ばしい匂いが届いている。湯気のせいで部屋はますます蒸し暑く、クーラーをフル回転させても汗が止まらなかった。
「もうすぐできるぞ」
「オッケー」
伊達の声にこたえると、水澄はテーブルの上のものを端に寄せ、表面を軽くティッシュで拭いた。目についたリモコンを手に取ると、何気なくテレビをつける。
瞬間、軽やかなブラスバンドと歓声が響いた。晴れ渡った青空、眩しいほどに照らされた芝生。一瞬、何かわからず水澄はぽかんとテレビを見つめた。画面が切り替わって、グラウンドの土を削るようにランナーが一塁に滑り込む。
水澄は慌ててチャンネルを回すボタンを連打した。画面がチカチカと入れ替わり、最終的にお昼のニュースが流れる。
それと同時に、伊達が皿に山盛りになったチャーハンを運んできた。
「……気を使わなくていいんだぞ」
「いや別に、そういうんじゃねえし」
水澄は不自然なほど口早に答えた。伊達はチャーハンをテーブルの上に置き、水澄の横に胡坐をかく。
「俺はニュースが見たかったんだよ」
「お前が?」
面白がるように笑われ、水澄は苦虫を噛み潰したような顔で口を閉ざした。
「……で、何が見たかったんだ?」
「て、天気とか」
伊達は白々しく窓の外を見る。雲ひとつない、真っ青な空が広がっている。
「いい天気だな」
「うるせーな!」
水澄は顔を真っ赤にして怒鳴った。伊達はリモコンを取ると、チャンネルのボタンを押した。再び、聞き覚えのあるブラスバンドの曲調。バッターボックスに入った打者が映る。真剣な顔で、投手を見つめているであろう横顔には、まだどこか幼さが残っている。自分たちと同じ高校生だった。
「お、おい」
「いいんだ。俺が見たい」
伊達は気にした様子もなくそう言って、チャーハンを食べ出した。次に、マウンドの投手がアップになる。彼は大きく振りかぶり、一球目を投げた。少し外れ、ボールになる。
「速い球だ」
「ふうーん……」
なんとなく気まずくて、水澄はちらちらとテレビに視線をやりつつスプーンを手に取った。次の球はストレートに飛び、バットに当たる。大きく外れて客席に飛び、ストライクのライトが灯った。
「今打ったのに、ストライクになんの?」
「お前、野球やったことないのか?」
伊達は友人に呆れた視線を向けた。
「昔体育でやったかもしんねーけど、野球ってややこしくね?」
「そうだな。水澄には難しいかもしれん」
「どういう意味だよ!」
水澄は怒ったが、伊達は朗らかに笑った。
「投手もな、ストレートだけじゃ勝てないんだ」
「へえ」
「野球をやめてからよくわかった」
「……どういうこと?」
意図が分からず、水澄は伊達を見つめた。
「お前みたいな変化球がいてよかったって話だ」
水澄はますます眉間に皺を寄せる。
「お前の話はよくわかんねえ」
その時、軽快な金属音が響き渡った。慌てて振り返ると、白球が青空に大きく弧を描いて飛んで行く。ホームランなら分かるぞ、と水澄が無邪気に騒ぐ。
それが嬉しいとでもいうように、伊達も満足そうに笑っていた。