王城と井浦/🔥🦛 年の初めの目覚めは、インターホンの音によってもたらされた。
「……はーい」
王城は寝ぼけ眼を擦りながら布団から這い出した。連打されるベルの音に心当たりはなく、怪訝に思いながらボタンを押して通話を繋げる。
『おーい、いるんだろ』
「……慶?」
聞き慣れた幼馴染の声に、王城は目をパチクリとさせた。だんだん眠気が覚めてくる。
「どうしたの」
昨日寮から帰省し、別れたばっかりだ。特に約束をしていたわけでもない。王城は不思議そうに玄関のドアを開けた。
「お前、こんな時間まで寝てたのか? もう昼だぞ」
井浦は問いに答えるわけでもなく、目ざとく寝癖を見つけて指で摘んでくる。その手を軽く払いのけながら、王城は口を尖らせた。
「うるさいなー。いいでしょ、休みなんだから」
「受験生だろ」
「う……け、慶だって」
「俺はいつもちゃんとやってるんだよ——ほら、これ冷蔵庫入れとけ」
井浦は無造作に、手に持っていたコンビニ袋を王城の胸に押し付けた。
「何? これ」
受け取りながら、中を覗き込む前に井浦が答える。
「おまえ今日誕生日だろ」
「え……う、うん」
何でもないように言われ、王城は思わず動揺した。ぎこちなく頷き、感心のため息を漏らす。
「覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ。正月なんて忘れねーだろ」
なぜかムキになって、王城は反論した。
「でも休みの間に誕生日の子ってさ、いつも忘れられるじゃん」
「俺が覚えてんだからいいだろ。それ、冷蔵庫入れとけよ」
強引に会話を打ち切って、井浦はごく自然に家の中に入った。あまりに当然という顔をするので、王城も思わず一歩引いて道を作った。
「雑煮ある?」
「あるよ。食べてく?」
「ああ。俺んちのよりお前の方が美味い」
「またそういうこと言って……慶のおうちのも美味しいよ」
そういえば昔はこうやってお互いの家を行き来したものだ——そんなことを思い返しながら、王城は親友を迎え入れた。
「お餅何個?」
「とりあえず2個」
オーブンで温めた餅を入れ、王城はお雑煮を持ってリビングにやってきた。井浦はソファに座り、テレビをぼうっと眺めていた。正月特番の賑やかな音を聞きながら、王城は彼の隣に座る。
「なんか、二人で過ごすのも久しぶりだね」
「そうか?」
「うん、現役の頃は長いこと二人だったのにね」
「まあな」
どちらともなく手を合わせ、雑煮を食べ始める。
「お前はまだやってるだろ」
「うん……」
王城は頷いた。部活はもう引退したが、大学までの繋ぎとして、勉強の合間に社会人も含めた有志の練習に混ぜてもらっている。
もちろんそれは王城だけのことだ。井浦は受験勉強のため、予備校通いに忙しい。だから本当に、こうやって二人だけで過ごすのは久しぶりのことだった。
「これ、つまんねーな。変えていいか?」
「そう? 面白いけど」
井浦が気まぐれにチャンネルを数度変える間に、食べ終わってしまう。
「ケーキ食おうぜ。珈琲淹れてくれ」
その言葉に王城は井浦を睨みつけた。
「僕が祝われる側じゃないの?」
「勝手に冷蔵庫開けろっていうのかよ」
「それはそうだけどさぁ」
ため息とともに、王城はキッチンにもどる。暖房は入れたものの、まだ足元は冷たい。小さく身震いをしながらやかんを火にかけ、冷蔵庫から袋を取り出す、中に入っていたのはロールケーキだった。コンビニのものだが、最近は力を入れているというだけあって、洋菓子店で買ったものと遜色ない。
「あ、美味しそう」
思わず呟くと、リビングから井浦の声がする。
「コンビニのだけどな。さすがに今日ばかりは店もやってねーし」
「確かにそうだよね。お祝いのケーキがクリスマスと一緒だったこと、思い出すなあ」
ロールケーキを二つに切って皿に載せる。やかんが鳴って慌てて振り向く――と、火を止めたのはいつの間にかやってきていた井浦だった。
「ありがと」
「珈琲どこだ?」
「スティックのだけど、そこの引き出しに入ってる」
「わかった」
王城が棚から取り出したマグカップを受け取りながら、井浦は口を開く。
「正人」
「何?」
「誕生日おめでとう」
思いがけず真っすぐなその言葉に、王城は言葉に詰まった。
「……ありがとう」
「おう」
井浦はそっけなく頷いたが、その頬は微かに赤くなっている。ならばお返しに、もう少し恥ずかしい言葉を吐いてやろう。王城は思わず破顔した。君がいてくれて良かった。