神i東/47 モニタの灯りがうっすらと青く彼の頬を照らしている。子どもらしい柔らかな曲線。それにそぐわない真剣さを帯びた瞳の上を、夥しい量の文字やグラフが滑ってゆく。
神奈川は声をかけなかった。東京の集中を邪魔したくなかったからだ。
ソファに座り、明日の会議の資料を開く。ほとんど頭には入っていたが、仕事をしているふりをしている方が東京も気兼ねしないだろうという打算だった。
ただ、待っていた。待つのは得意だった。相手のことを考えている時間だから好きなのだ——そう言ったら、千葉と埼玉がなんとも言えない顔をしていたのを思い出し、思わず笑みがこぼれた。
どれだけ静かな時間が流れただろうか。ふと影が落ち、神奈川は顔を上げる。いつの間にか東京が前に立ち、こちらを見下ろしていた。
「終わったの?」
「少し、休憩です」
東京は微笑んでいたが、その顔には少し疲れが滲んでいる。
「東京」
神奈川は、腕を広げて呼んだ。
「おいで」
東京は、はにかみながら神奈川の膝の上に乗った。神奈川がソファの背もたれに身を預けると、その胸にしなだれかかるように抱きついてくる。
「ねえ、神奈川」
東京の指が神奈川の尖った肩をなぞった。覗き込む、左右の色が異なる瞳。熱を帯び、わずかに潤んでいる。
「明日しませんか?」
「……いいよ」
神奈川は頷いた。しかし、ほんの少しの逡巡を悟られたかもしれない——そんな微かな不安が背筋を伝った。
「よかった」
東京は嬉しそうに微笑み、神奈川の胸に頬を寄せた。
「もう少し頑張れそうです」
神奈川は、東京の背に腕を回した。労わるように撫でつけ、細い腰を味わう。東京が心地良さそうに目を細めるのを見ながら。急く気持ちを押さえつけ、神奈川は努めて意思を隠し、もう片方の手でうなじに触れる。柔らかな髪に指を通し、そのまま力を込め、強く引き寄せる——
「だめですよ」
東京はやんわりと神奈川の胸に手を当てた。それこそ鼻先が触れる近さで、にっこりと、嫋やかに微笑む。
「我慢できなくなるでしょう?」
「できるよ」
今度は迷う間もなく平然と嘘をついた。神奈川の中の衝動がそうさせた。このまま口づけ舌を絡めて、言葉ないまま、なし崩しにこのソファの上で彼を抱こうとする、卑怯な思惑があった。
「僕が、です」
けれども東京は、穏やかに——けれどもけして譲ることなく答えた。反論のしようがない、全くもって彼らしい躱し方だった。
「明日は早いですから」
「……分かったよ」
神奈川も彼らしく、すぐに観念してみせた。それでも一度着いた火を、すぐに消すことは難しい。
「じゃあキスだけ」
「では頬に」
最後の悪あがきにすら、抜け目なく即答する。神奈川は完敗を示すように息をつき、それから触れるだけのキスをした。あしらいの上手さとは対照的に、その頬はやはり子供らしく丸くて柔らかかった。
「好きですよ、神奈川」
彼は最後に、まるで機嫌を取るかのように。愛らしい顔で大人びた口をきいた。