風真とマリィ/GS4「だからさ、もう泣きやめって」
その台詞は優しかったけれど、声がわずかに弾んでいるのをわたしは聞き逃さなかった。
顔を上げる。涙でゆらゆらと揺らぐ視界のなか、対面に座った風真くんは優しそうに、そして嬉しそうに目を細めてこちらを見つめている。
わたしはテーブルの上に視線を落とした。紅茶の匂いが鼻をくすぐる。透明なカップの中、ミルクを溶かしたそれは冷めかけている。ここは通学路にあるカフェで、内装もそこそこおしゃれで、値段も手頃だから学生に人気があった。わたしもこの三年間、友達や風真くんたちと寄り道してはここでくだらない話をした。そう、先生とも——
思い出すとまた鼻の奥が痛んで、目が熱を持つ。
「お前も馬鹿だな、教師なんかに本気になって。向こうは遊びに決まってるだろ」
「だって…だって……」
わたしはしゃくりあげながら繰り返した。彼から手渡されたハンカチを握りしめて。イニシャル入りのそれはわたしが誕生日にあげたものだった。こんな形でまた手にするなんて、本当に皮肉だ。
「下の名前で…呼んでくれたし……バレンタインも、手作りのプレゼントも………」
新たに生まれた涙が、ハンカチに染みこんでゆくのが分かる。
「デートだって……たっ、たくさんしたのに…………どうしてっ……」
「ほら、まさに悪い大人の常套句じゃんか」
風真くんは肩を竦めてあっさりとそう言った。なぜか妙に得意げなその姿を思い切り睨みつけたけど、結局わたしは反論できない。だって彼の言う通り。わたしはもう卒業して、そしてもう御影先生と会う約束はなくて。結局、それがすべてなのだ。
「う…………」
何にも言えなくなったわたしは、またハンカチで目元を覆う。風真くんがため息をつくのがわかった。
「それにしても、酷いやつだよな。お前をそんなに傷つけて……俺が学校に抗議してやろうか。氷室教頭にでも——」
「それはやめて!」
気づけばそう声を出していた。近くの席の人がこちらを振り返ったのがわかった。ただでさえ、こんなに泣いて迷惑をかけているのに——わたしは、声を低めて続けた。
「そんなことしたら、先生、学校にいられなくなっちゃう……」
「生徒に手を出すやつなんか当然だろ」
「でも、駄目なの……お願い…………」
こんな風に先生を庇うなんて、なんてわたしは惨めなんだろう。風真くんの言う通り、本当に馬鹿だけれど、わたしはまだ先生のことが好きだった。わたしの名前を呼ぶ声や、頭を撫でてくれた手の温かさ。そんなものがずっと忘れられなくて、わたしは自分のために怒ってくれる男の子に対して、こんなにみっともなく懇願している。
しばし見つめ合う。先に折れたのは風真くんの方だった。彼の目にはまだ憤りが燻っていたけれど、視線を外し、再びため息をつく。
「ああ、まったく……」
彼はメニューを取って広げた。デザートのページを開いて、こちらに差し出す。
「好きなもの食べろよ」
「……いらない」
「俺の奢りだぞ。甘いもの食べれば元気も出るだろ」
「じゃあ、ケーキ全部」
「ああ、いいぞ。その調子」
やけくそでそう言ったけど、風真くんのことだから本当に端から端まで全て注文してしまいそうだ。
笑う彼は本当に嬉しそうで、それが本当に憎らしくて、わたしは空っぽになってしまったこの胸を、スポンジやクリームやフルーツで埋めつくなさいと気が済まなくなってしまった。
「俺は期間限定のプレミアムチョコケーキにしようかな。誰かさんは、義理チョコしかくれなかったもんな」
意地悪な視線がこちらを向く。
「なあ、来年はもっといいチョコくれるんだろ?」
風真くんは満面の笑みでそう言った。けれどもわたしは、もう絶対男なんかにチョコを作ったりなんかしない——そう固く誓ったのだった。