冬居と山田/灼カバ「なあ冬居、みかん剥けよ」
理不尽な要求は断固として無視をする。冬居は聞こえなかったふりをして、目の前の難問に立ち向かう。この因数分解の公式は——まず共通項を前に出して——
「って!」
思わず声が出た。冬居は信じられない顔でテキストから顔を上げた。
山田は向かい側で怠惰に寝転んでいた。下半身をこたたつに入れ、折りたたんだ座布団を枕がわりに頭を乗せて。そして冬居が買った漫画雑誌を、我が物顔で読み耽っている。
対する冬居は中学三年の冬らしく、真面目に受験勉強に励んでいた。信じられるだろうか——そんな健気な後輩の! 足を蹴るなんて!
冬居はテーブルの上に置かれたみかんを手に取って、思いきり山田に向かって投げつけた。
「みかんくらい自分で剥いてくださいよ!」
「ははっ、ナイピッチ」
山田は笑ってそれをキャッチし、皮を剥き始めた。まるで起き上がってそれを取るのが面倒くさかった、とでもいうような態度だった。
冬居は怒り収まらずといった様子で、寝転んだままみかんを食べる山田を睨んだ。
「喉に詰まっても知りませんよ」
「はは、んなバカなこと——」
言いかけた途中で一瞬黙り込んだ山田は、それから激しく咳き込み始めた。慌てて起き上がった彼は、湯呑みを手に取り、冷えたお茶を一気に喉に流し込む。
「うえっ、ゲホッ。あ〜……気管入った」
「……馬鹿だなぁ」
「おい、冬居てめえ! なんか言ったか!?」
冬居は喚く山田を無視して、再びテキストに戻ると、長々とため息をついた。
「可愛い後輩に勉強を教えてあげるとかないの? 駿君」
「後輩なら後輩らしい口をきけ! もう受験のことなんか忘れたに決まってるだろ」
「高校生なのに……」
山田は偉そうに胸を張った。それなら尊敬できるような立ち振る舞いをして欲しい——冬居は再びため息をついた。
「まあお前ならうちくらいヨユーだろ」
「何があるかわからないからね。ちゃんと準備はしないと」
山田は大袈裟に関心のため息をついてみせた。
「お前が年上だったらよかったのにな。そしたら俺の受験ももっと楽だっただろうに
「やだよ。駿君、言うこと聞いてくれなさそうだもん」
こんな従順な後輩がいたことを、彼にはもっと感謝してほしい。
冬居はノートにシャーペンを走らせていた手を止めると。大きく伸びをすると、みかんを手に取って皮を剥く。
一人きりの部屋は静かだった。こたつでぬくぬくと温まりながら、勉強も捗る。大学受験は順調——そのはずだった。
なのにどうして、落ち着かないんだろう。
冬居は仰向けに寝転んだ。昔と変わらない天井を眺めながら。インドにもこたつってあるのかな。そんなことを思った。