大和と亜川/灼カバ「来てたんですか」
グラウンドを眺めていた大和は、不意にかけられた声に振り向いた。
すぐ近くの体育館からは、カバディ部の監督である亜川が顔を覗かせている。
大和は、笑みを浮かべて答えた。
「ええ、夏期講習で」
「偉いですね」
「スタートが遅いですから。追いつくのに必死ですよ」
答えながら歩み寄る。亜川の背中越しに見る体育館の中は暗く、静まり返っていた。
「今日は練習は休みですよ」
「そうでしたね。監督は?」
「データ整理をしていました」
「相変わらずですね、頼もしい」
けして皮肉やおべっかではなかった。けれども、長年染み付いた作り笑いが人にそう思わせる。けれども、亜川が気にした様子はない。
「大和君は進学ですか」
「ええ、入れるところがあれば」
「あなたの学力なら問題ないでしょう」
亜川は苦笑した。
「カバディは続けるんですか?」
「さあ……そもそも部があるところが少ないでしょう」
「インカレもありますよ。大学なら、今よりもっと自由です」
「…………」
大和は考え込むように黙り込んだ。また視線がグラウンドの方を向く。今日は活動している部活がすくないのか。人影は少なく静かだった。
「そうだ」
亜川は思いついたように呟き、一度中に引っ込む。そして、すぐにまた戻ってきた。
「もう捨ててしまったと聞いていたので」
借りてきたんですよ、と続け、亜川は手に持っていたものを差し出した。
「恥ずかしながらやったことがないので、よければご指導いただければと思いまして」
「どうして?」
『それ』を見て、心から不思議に思って大和は尋ねた。
「監督には、必要のないことでしょう」
気づけば、いつもの張り付いた笑みすら消えていた。
亜川はもちろん、それを嫌味とは受け取らなかった。本来多感な少年の、ごく当たり前の質問に、笑みを浮かべて答えた。
「そういうことが案外、大事なことなのかと思ったんですよ」
たとえば蕎麦屋のパフェとか——亜川は、グローブの片方を大和に押し付けた。
静寂の中、遠く蝉の音が聞こえる。グラウンドにはまだ夏の熱が篭っていた。