奏和高校/灼カバ「ねえ今日カラオケ行こうよ」
放課後の教室。友達に声をかけられたけど、私は苦い顔をした。
「ごめん、バイトなんだ」
「えー、また?」
友達はじっとりとした目線をこちらに向けた。
「頑張りすぎじゃない? もっと遊びなよー」
「そうなんだけどさぁ」
ため息をつきながら、カバンを担ぐ。
「私、部活もやってないし。それにお金ないと遊べないじゃん」
「でも辞めたいって言ってなかった?」
「まあね。嫌な客はいるし、カッコいい先輩はやめちゃったしさー」
話しながら友達と教室を出る。角を曲がったところで、すれ違った人にカバンがぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
反射的に謝りながら、顔を上げ——私はびくりと固まった。おそらく上級生の、ジャージ姿の大柄な男子生徒がこちらを鋭い目つきで見下ろしている。
思わず嫌な汗をかいたが、彼は目線を逸らすと、小さく顎を引いた。
「……悪い」
そう呟いて、通り過ぎてゆく。影にいて見えなかった同級生らしきヘアバンドの人が、その背中を叩くのが見えた。
「お前、図体でかいんだから気をつけろよ」
「……わかった」
見た目は怖かったけど、悪い人ではなかったらしい。私は胸を撫で下ろした。
「うち、たまにやたらガタイいい人いるよね。柔道部とかかな」
「知らないの? カバディ部だよ」
「カバディ?」
友人が発した聞きなれない単語に、私は首を傾げた。
「カバディカバディ〜って言うやつ?」
「うん、あたしもよく知らないけど。うち、なんか強いらしいよ。体育館占領してるし」
「ふーん」
そんな会話をしながら玄関に向かっていると、友達は他の人が捕まったから別のクラスに行ってくると去っていた。
ぽつんと一人取り残される。バイトまでは少し時間がある。
なんとなくさっきの会話が気になって、私は体育館を覗いて帰ることにした。
カバディ、カバディって聞こえるのかな〜、なんて思ったがそんなことはなく。他の運動部にも似た掛け声と、なんだかどしん、と重いものをたたきつけるような音が聞こえる。
開いた扉から中を覗き——
「ひえっ!」
わたしは思わず声を出していた。だって、さっきぶつかった人にも負けず劣らずでっかい人が、人の足を掴んで引き倒していたんだから。
けれどもまるでそれが当たり前だと言うように。体育館にいるひとたちは、同じような行為を繰り返してゆく。みんな、ものすごく真剣な顔だった。伝わってくる熱気で、肌がビリビリするような——
床に叩きつけられていく人々を呆然としながら見ていると、こちらに気付いた大きい人が近づいてきた。
「見学か?」
「へ?」
わたしは思わず間抜けな声を出した。
「高谷のファンだというなら、二階で——」
「あ、いえ……す、すみません!」
よくわからない言葉をかけられてパニックになった私は、勢いよく頭を下げてそのまま逃げ出してしまった。
「おい六弦、下級生の子なに脅してんだよ」
「そ、そういうわけでは——」
背後にそんな声を聞きながら、息を切らせて校門にたどり着く。胸がすごくドキドキしていた。
顔を上げ、私は早足で歩き出す。不思議と、妙なやる気があった。