能京高校/灼カバ「ずっと外食だって聞くからさ」
台所からは鍋が煮える音と共に、王城の声が聞こえてくる。
「栄養もそうだけど、お財布も厳しいだろうし。たまにはね」
「あんまり甘やかすなよ」
井浦はテーブルの上に開いたラップトップから目を離しもせず答えた。王城は仕上げに塩と胡椒を振ると、身を乗り出し、半眼で彼を見やった。
「なら慶はなんでここにいるのさ」
「は? お前の飯食うために決まってんだろ」
「…………」
当然のように答える幼馴染に言葉もないまま、王城は火を止めた。大鍋をそのままテーブルまで持ってゆく。身振りで井浦の荷物をどかさせながら、ふと思い立って尋ねる。
「あんまり聞かなかったけどさ、慶ってご飯どうしてたの?」
自炊をしているところは見たことがないし、かといって頻繁に外食をしている様子もない。たまに王城の手 料理を食べにくることはあるが、それに頼りきりというわけでもない。
「知りたいのか?」
「あんまり……」
「じゃあ聞くな」
付き合いが長いからこそ知らなくていいことがある。これが井浦慶との長い付き合いによって導かれた知恵である。
「食べてくなら手伝ってよ」
「へーへー、わかったよ」
「お皿並べて」
王城はまめに自炊をするが、さすがに大人数分の食器はない。井浦はパソコンを片付けると、事前に買ってきた紙皿や割り箸が入った袋を手に取った。
「今年の一年は手がかかるな」
「そうだね。真司は真面目できっちりしてるし」
「水澄もあれで生活力はあるからな」
「うん。勉強のことはびっくりしたけど……」
「だから今年はちゃんと対策立てただろ」
皿を人数分出した井浦は、勝手知ったる様子で冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。
「まあでも、手がかかるほど何とやらってやつだな」
紙コップをひとつ取り、まずは自分の分を注いで一気に飲み干す。そこで、王城がにやにやとこちらを見ているのに気づき、井浦は「なんだよ」と舌を打った。
「慶も大人になったねー」
「……お前に言われるとムカつくな」
睨みつけたが王城が気にするはずもなく、彼は時計を見やった。
「ちょっと時間早かったかな。慶、みんなに連絡回してよ」
「おう」
*
夏休み明け、初めの授業にて。
「じゃあ宿題集めるぞー。後ろからノート回せ〜」
教師の声に、宵越は鞄から数学のノートを取り出し——
「えっ!? 宵越君が!?」
そして、思わず叫んでしまった隣の席のクラスメイトを睨みつけた。
「お前、どういう意味だ……?」
「だ、だって宵越君、いつも忘れたり写させろって言ってくるから……」
クラスメイトは焦って早口で答え、機嫌を取るように作り笑いを浮かべた。
「数学、量多かったのによく終わったね。まだカバディって大会中でしょ?」
「そーだよ。大変だったんだぜ? 写すのは駄目だって一晩中先輩のヤローに見張られてよ——」
「へえ、すごいね」
「だろ?」
宵越は得意げに胸を張った。クラスメイトは素直に頷く。
「うん。そこまでしてくれる先輩、なかなかいないよ」
その言葉に宵越は目を見開いて固まった。それから数度瞬きをした後に居心地悪そうに顔を赤くし、そっぽを向いて黙り込んでしまった。