ヘラアキ/神々と人々 アキレウスは何でもないように言った。
「そういえばこの前、師匠にいれたんですけど」
実は僕のお母さん女なんですけど、とでも言うように。あるいは明日雨が降るらしいですよ、などといった世間話のように。
「は?」
普段通り、何を考えているのか分からないアキレウスの顔を間近で凝視し、ヘラクレスは動きを止めた。
「何をだ……?」
「決まってるじゃないですか、アレですよ」
「アレ……?」
全く何もわかってないヘラクレスが繰り返すと、アキレウスは眉根を寄せた。まるで弟子のもの分かりの悪さを咎める師匠のような顔つきだった。
アキレウスは、ため息混じりにヘラクレスに問いかける。
「はぁ……まったく。いまヘラクレスさんは何をしようとしていますか?」
「え? いや、まあ……お前の尻に陰茎を挿入しようとしているが……」
ヘラクレスは困惑しながら答えた。いつも逢引をする茂みで、まあいい具合に準備を終えて、あとは挿入するだけといった具合だった。アキレウスに覆いかぶさるヘラクレスは、腕立て伏せの体勢を強いられたまま。微妙に芯を失った陰茎が地面の方を向く。
「だから、それですよ。同じです」
「え、なんでだ?」
心から疑問に思い、ヘラクレスは声を上げた。
「つまり……? お前が? 陰茎を師匠の尻に挿れたのか?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
問いただしてもまったく悪びれる様子がない。
「全く意味がわからなくて怖い……萎えそうだ」
このままだと挿入どころか地面とキスをしてしまう。ヘラクレスは頭を抱えた。心なしか、頭のライオンが噛む力も強まった気がする。頭が痛い。
「だって、師匠って素っ裸じゃないですか」
「まあ、そうだな……裸だな」
よく考えると素っ裸のおじさんが街を歩いてるのもなかなかすごいな――ヘラクレスはそんなことを思う。
「それに、あの人普通に丸出しのお尻とかこっちに向けてくるじゃないですか」
「まあそうだな、裸だし……。馬だから尻もデカいよ
な」
「で、稽古に行ったら師匠が居眠りこいてやがったんですよ。そういえばこの人素っ裸なんだよなあ、って思って……それで、馬のお尻ってどんな具合なんだろうって気になってちょっと挿れてみたんですよね」
「好奇心旺盛だな!?」
あまりの急展開にヘラクレスは声を上げた。続きが気になる。
「それでどうしたんだ?」
「まあ挿れたんだし、せっかくだし抜き差ししてみますよね。そしたら師匠起きちゃって……めちゃくちゃびっくりしてました」
「そりゃそうだろう」
「とりあえず出来心でしたすみません、って謝ったら三千円要求されました」
「お前の師匠、そこまでいくと本物だな……」
思わずヘラクレスは感心する。地面とはもうキスした。
「で、思わず『お金取るんですか? 馬のおじさんの肛門なのに?』って聞いたんですけど」
「お前、最低だな!」
「そうしたら『馬の締め付けは人間の三千倍なんだぞ!』ってアピールされました」
「そんなになのか? 千切れたんじゃないか?」
「千切れても再生するから大丈夫ですよ。で、人間で満足できない身体になったら嫌だなあってスポッって抜きました」
「スポッ……」
思わず擬音を口にするヘラクレスを無視し、アキレウスは続けた。
「でも別にヘラクレスさんに掘ってもらえばいいかなって。それでここに来たんですけど」
「さっきの話なのかよ!」
ヘラクレスは叫ぶと、いそいそとアキレウスの上から退いた。完全に力を失ってしまったそれをぶらぶらさせながら呼びかける。
「なあ、アキレウス」
「なんですか?」
「お前、師匠の話多くないか?」
「そうですか?」
「もしかして……好きなのか?」
「え、やだなあ……不名誉ですよそれは」
アキレウスは本気で嫌そうな顔をした。
「僕が好きなのはヘラクレスさんですけど」
「…………」
地面から5cmほど浮いた。
ヘラクレスは再びアキレウスを押し倒した。
「アキレウス……挿れてもいいか?」
「早くしてくださいよ。僕ずっと待ってるんですけど」
「……お前のそういうところ、嫌いじゃないぞ」
*
エロスは森の中で脚を抱えて身を潜めていた。
「うっ…アキレウス…………」
「ああっ! ヘラクレスさんっ…! 大きい……っ」
辺りに響き渡る声を聞きながら——
「うわっ……本物のまぐわいってエグいな……」
茂みの隙間からしっかり二人の行為を目撃し、エロスは呟いた。
森へ向かうヘラクレスの姿を見かけ、こんな夜更けに人気のないところへ行くなんて絶対にエッ——いや、夜に一人で出歩くなんて危ないじゃないか。ヘラクレスさんは最強だけど。何があるか分からないしな。
いやでもまさかエッチだったとは。予想を飛び越えてエッチだったなんて。せいぜいエッチな本を隠して夜な夜な読んでるとか。いやヘラクレスさんがそんなことしてるはずないけど……本当にエッチしてるなんて……。
「ていうか二人、そういう関係だったのか……知り合いのそういうの、気まず……」
エロスはぶつぶつ呟きながら、森を後にした。