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    ひなあき2

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    ひなあき2

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    お風呂入る監アズ
    ※🐙の人魚姿を捏造しています

    #監アズ
    supervisor

    バスタブの人魚 はて、とユウは部屋に入って早々に首を傾げた。手帳にメモした日時と、部屋に置かれた時計の時刻を見比べる。モストロ・ラウンジも閉店した夜更け。やはり間違いはないようだ。
     
    「アズール先輩?居ませんか?」
     
     室内の灯りは窓から差し込む月光のみで薄暗く、しんと静まり返っている。
     ユウは今日この時刻、アズールの部屋に呼び出されていた。別に初めてのことではない。几帳面な彼が約束を、しかも自室に呼んだことを忘れるとはあまり考え辛かった。
     談話室やラウンジへ探しに行くべきかとユウが考えていると、部屋の一番奥、僅かに開いたドアの向こう側から明かりが漏れていることに気がついた。あの場所はバスルームだ。
     何度か借りたこともある。「寮長ともなると部屋にお風呂があるんだ」程度に捉えて、然程気には留めなかった場所だ。水垢ひとつ無いタイルに彼の性格が見て取れた。
     
    「……先輩?」
     
     ドアの向こうから返事はなかった。水音も聞こえない。ただ白い湯気だけが漏れている。
     さあ、と急にユウの顔から血の気が引いた。
     いくら水中で生きてきた人魚でも、海と人間用の風呂は別物だろう!
     
    「アズール先輩!」
     
     ユウは明かりの方へ駆け出し、開きかけのバスルームのドアを勢いよく開けた。
     
    「聴こえていますよ。そんなに大声を出さないでください」
     
     中に籠る湯気と声。と、見慣れない黒く大きな無数の何か。
     部屋の一番奥、そこにはアズールが居た。
     蛸の人魚の姿で。

     大きめのバスタブだな、とは思ったが。

     以前珊瑚の海で見た時の、蛸の人魚姿のアズールが、深い青色の湯を張ったバスタブに身を沈めていた。
     人間の時より更に白く彩度のない肌に、対照的な真っ黒の蛸足は、このサイズのバスタブでも持て余しているようだ。長すぎる脚が縁から溢れ出し、まるで蔦の葉のように浴室の壁を黒く覆っていた。あれでは上半身しか湯に浸かれていないのではないか。
     
    「はぁー……なんだよかった」
     
     ユウはバスルームの入り口にしゃがみ込み、安堵の声をもらした。
     身体は壁の方に向けて、出来るだけアズールの姿は視界に入れないようにした。
     
    「人の入浴を覗いておいてその顔はなんですか」
    「いやいや、風呂場で倒れたのかと思ったじゃないですか。部屋暗いし返事無いし……けど大丈夫そうですね」
     
     ユウの心配をよそに、アズールはそっぽを向いて黙っている。風呂から上がる気はないようだ。状況はよくわからないが、何事もないならまあいい。ユウは立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
     
    「んじゃおれ部屋……」
     
     部屋で待ってますからゆっくり入っててください。そう言って出て行こうとすると、閉めようとしたドアが微動だにしない。
     足元を見ると、黒い触手に大きな吸盤。アズールが蛸足をここまで伸ばし、ドアを開け放したままがっちりと固定していた。
     大きいんだなあ人魚の先輩。てか力強っ、ドア一ミリも動かん。握力やばそう。
     色々と思わず口に出しそうになったのをユウはなんとか耐えた。
     
    「あの……」
    「……」
    「……」
     
     アズールはずっと黙ったままで目も合わせてくれない。
     ユウはどうする事も出来ず、ドアの蝶番を背に再度座り込んだ。ぽた、ちゃぷ、と小さな水の音だけがやけに響く。
     同じ部屋にいるのに、自分と彼の間には見えない隔たりがあるみたいだ。
     
    「よくそうやって入るんですか?」
     
     あれこれ考えても仕方ない。謎の沈黙に包まれる中、とりあえずユウは思った通りの事を話すことにした。
     
    「……する訳ないでしょう、こんなこと」
     
     無視されるかと思ったが、すぐに返答があった。意外な内容だった。
     
    「そうなんですか?」
    「そもそも、人魚は風呂に入る必要は無いんですよ」
    「えーっ、そりゃそうかもしれませんけど、なんかロマンあるじゃないですか」
    「ロマンって……」
     
     そういえば人魚姿のアズールを見たのはこれが初めてだ。ユウはじわじわと今更実感が湧いてきた。見せてと頼んだ事はなかったのは、見せてくれない理由を何となく察していたからだ。
     彼にとって、きっと大きな意味を持つ事だろうと。彼とどんな関係になろうと自分から踏み込んではいけないと、どこかで一線を引いていた。
     
    「小さい頃観た映画に、綺麗な人魚が家のバスタブでゆらゆらしてるシーンがあって、内容は忘れちゃったんですけどそこだけすごく覚えてて」
    「……」
    「現実の中の非現実感?っていうか、子供心にすごい憧れたなーって。あとアニメとか絵本とか……」
    「……現実は綺麗なものじゃなくて残念でしたね」
     
     瞬間、ユウは身体が強張るのを感じた。ハッとした。まだ一度も、今のアズールの顔をちゃんと見れていない。
     彼は今夜、どんな気持ちで自分をここに呼んだのだろう。
     
    「先輩」
     それなら、自分は。
     
    「アズール先輩、そっち行ってもいいですか」
    「!そ、れは……」
    「嫌じゃないですよね」
    「それは……」
    「わざわざ呼んで、こんなつよつよにドア開けといて」
     真っ暗な部屋に1つ明かりを付けて、まるで此処に来いと言わんばかりに。
     夜、光に集まってくるのは蛸の方だった気がするが。
     
    「行くだけですから」
     
     アズールの方をちらりと見て、顔は壁側に向けたまま小さく頷いたのを確認すると、ユウはアズールの方へゆっくり歩き出した。ぺた、ぺた、と濡れた足音。部屋中を覆い尽くさんばかりの黒い蛸足達の元、バスタブの隣にしゃがんで座った。
     バスタブの周りにはシャワーカーテンが付いているが、ずっと開けていてくれていたようだ。
     
    「ありがとうございます」
    「……」
    「ねえ先輩、ちゃんと顔見たいな」
    「……」
     
     ゆっくりと、アズールはユウの方へ顔を向けた。
     口を一文字にぎゅっと閉じ、まだ視線はしどろもどろだ。不安そうな、子供のような表情で、こちらの反応を伺っていた。
     目を細めて微笑んだ。
     
    「先輩、綺麗」
     
     ユウが優しくその白い頬に触れると、震える手でそっと握り返された。

    「そう、ですか」
    「はい」
    「……よかった」
     
     張り詰めていた彼の緊張が一気に緩んだのがわかった。花がほころんだような表情、とはきっとこんな笑顔の事を言うのだとユウは感じた。
     
    (あ……)
     
     そうだ、あの映画は確か恋愛物だった。主人公が人魚の手を取って、見つめ合って、蕩けそうな愛の告白をする。
     自分にはロマンチックで気の利いた言葉回しは出来そうにない。
     だがユウの胸の中は今、アズールのこの顔を見た瞬間に熱くて、甘くて、ただ彼の想いでいっぱいになってしまった。
     きっと色んな事を考えて、悩んだのだろう。想像ではあるが、様々なものが伝わってくる表情だった。
     わざわざこんな方法を取ってくるところも、それでもここに自分を連れてきてくれたことも、そんな彼が愛おしくて、嬉しかった。
     いても立ってもいられず、ユウは立ち上がった。自分も伝えたくなった。身も心も、もっと彼に触れたかった。
     
    「おれも入っていいですか」
    「……は?」
    「そこ」
    「……はい?」
     
     返事も聞かず、ユウはネクタイを解きその場で服をどんどん脱ぎ始めた。突然の事にアズールは呆気に取られてぽかんとしていた。やがて目の前でどんどん裸になっていくユウの姿にハッとしたがもう遅い。
     阻止の声も無視して、ユウはバスタブに飛び込んだ。ざぶん、なんて水音はしなかった。
     
    「うわっ狭い!めちゃくちゃ狭い!」
    「何を考えてるんですか⁉︎」
    「男と風呂入る趣味無いタイプですか?」
    「普通誰とも同じバスタブには入らないでしょう⁉︎」
    「あ、脚踏みませんでしたか?ちょっと、身動きがあまり……なにがなんだか」
    「そっちが入ってくるからだろ!」
     
     既にぎちぎちのバスタブに無理矢理飛び込んだせいで、アズールの蛸足にユウの身体がねじ込まれている状態になっている。
     恋人と一緒にお風呂。にしてはあまりに色気が無さすぎるが、構うものか。

    「貴方って人は……!どうして、こう、人の気も知らずに……!」
    「まあまあ、お背中流しますから」
    「ちょっと……!」
    「湯船で身体洗うの、外国の映画みたいで憧れだったんですよねー」

     身体用のスポンジとボディーソープが置かれているのを見つけたユウは、スポンジとソープに震える腕を伸ばし、アズールの制止も聞かずに彼の身体を洗い始めた。
     スポンジを腕に滑らせていくとアズールはみるみるうちに静かになった。「もう好きにしろ」と言わんばかりに。

    「先輩肌綺麗」
    「人魚は皆こんなものですよ」
    「あとお湯なんですね。冷たいの平気なら熱いのは駄目かと思ってた」
    「そのあたりは人間と然程変わりません」
    「なるほどー、ふふっ」
    「本当に何なんですか……っておい、あまり無茶は」
    「おっと、平気ですから、もうちょっと」
    「はぁ……」
     
     すっかり落ち着いたアズールと言葉を交わしながら、上機嫌で身体を洗っていく。しかしアズールの身体が大きい為、ユウには中々の重労働だ。恋人達の戯れというより、非力な人間が大蛸に襲われている様にしか見えないだろうな。と、心の中で苦笑した。
     
    「ねえ先輩」
    「まだ何か?」
    「今度は海行きましょうよ」
    「え……」
    「先輩には敵わないでしょうけど、泳ぎは結構得意なんですよーおれ」
     
     シャワーを捻り泡を流していく。終始されるがままのアズールがやっぱり可愛くて仕方がなかった。
     
    「案内してくれませんか?先輩の好きな場所とか」
    「……」
    「明るいとこでも壺でもどこでも……おわっ!」

     アズールに腕を引っ張られ、胸の中に抱きしめられた。途端、背中や足に無数の蛸足が巻きつく様に身体を撫でていくのがわかった。
     これじゃいよいよ身動きなんて取れそうにない。
     
    「貴方は」
     
     こぼれ出たようなアズールの声は小さくか弱い。反して脚や腰や背中に絡みついた蛸足の力が強くなったのをユウは感じていた。
     
    「馬鹿な人だな」
    「知ってるでしょ」
     
     くすくす笑いながらアズールの背中に腕を回し、ユウはその濡れた頬に子供へするような軽いキスをした。


     
    「うおっ凄」
    「……」
    「いやどんな感情の顔ですかそれ」
    「うるさい」
     
     バスルームから出て、アズールの部屋にある鏡の前。
     まだらな大きさの丸く赤いアザがユウの脚に、腹部に、胸に、背中に点々と付いている。まさに巨大な蛸に襲われたとしかいいようがない。
     
    (先輩、ちゃんと力加減してくれたんだろうなあ)
     
     面白がったユウのアザの観察は「いい加減にやめろっ」といつもの人間の姿になったアズールに小突かれるまで続いた。
     
    「もういいでしょう、いつまでも裸でうろつかないでください」
    「どうせ裸でいるんだからいいじゃないですか」

     今度は背中を軽く蹴られる。その勢いでユウはアズールのベッドに転がされた。
     
    「ユウさん」
    「はい」
    「今の僕とさっきの僕だったら、どちらがいいんですか」
    「それじゃ実質一択ですよ」
     今度はユウがアズールを引き寄せて強く抱きしめた。
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