無題お怒りになさった、このおっかなさを見よ。
決まっている。険しい目つきになって、鋭いジト目でこっちを思いっきり睨んでくる。小さな口からは想像し難い怒鳴り声が発され、ただしそこに怒りの詳細は含まれていなくて、困っちまう。耳がキンキンする割には、どうも言葉が足りないが、その薄い唇は本当に悔しそうにわななくし、この場では兎にも角にも俺様が悪いことになっているので、さっさと降参した方が身のためた。
しかし、適当な相槌と流し流されるような言葉で結ぶと、結局は包丁が投げられてくる。本当におっかないもんだ。そもそもどうして怒らせてしまったっけ。どうしてこんなにも悔しそうで悲しそうな顔をさせてしまったんだっけ。いつもおぼろけになっていて、ぽかんと、さっさと気の利く言葉がつっかえて出てこない。スマートとは程遠い。本調子など見当たらず。どうしたもんか。
…やはり寂しいのだ。言葉は万能ではなく、時にまやかしにも化すが、それでも通じ合っていたかった。いつだってそうだったから、柄にもなく我儘を言ったのだろう。
俺はネロに一歩近づいた。後ろに一歩下がるものだから、今度は二歩進んでやった。そしてあの、エプロンに包まれているほっそい腰を片腕でくるんで、片手で、その顔に、頬に、そっと手を当てる。少しだけ、愛でるように撫で下ろし、顎の先を持ち上げ、こっちと目を合わさせる。ギラリと光る夕焼けの瞳が、俺を咎めている。
「悪かった」
まずは、伝えなければ。そして、静かに口付けを落とす。
唇が触れ、互いの輪郭が少しだけ歪み、ふにゃっと、くっついては離れる。ネロの顔が見たかった。話がしたかった。独りで置いてけぼりにされたくなかったんだ、焦ってしまって情けないが、要するに、嫌われたくないのだ。
言えよ、俺がいないと、きっと参ってしまうんだと。
ネロは頬を赤らめて、いや、耳まで赤くなって、俺を真っすぐに見つめていた。
「バカじゃん」
「バカやってたいんだわ、たまには」
それで、今夜も共に過ごせりゃ他は望まないね。