図書室で会いましょう不良校に図書室なんて必要ないんじゃないか。
利用する生徒なんてほとんどいないし、いても返却期限なんて守らないから書籍管理なんてあってないようなもの。
誰が借りたのかはそりゃ調べればわかるけど、そいつがおっかないやつだったら「返却期限過ぎてるので本を返してください」なんて言えると思うか?
少なくとも図書委員なんてめんどくさいものを押し付けられている俺なんかが言えるはずもなく、貸した本は二度と返ってこないことを覚悟しながら貸し出し手続きをしている。
不良なんだから本なんて借りるなよ、と心の中だけで文句を言いながら委員の仕事に従事していた。
そんな散々な委員会活動だが、最近はむしろ楽しみで仕方ない。
1週間ほど前から一人の利用者が増えた。しかもその人は放課後ほとんど毎日来て図書館で勉強している。
本を借りる奴は何人か来たとしても、そこで勉強までする奴なんて今までほとんどいなかった。
それが野郎だったらこっちもごめんこうむりたいところだが、それがあのネロ先輩なんだから俺のテンションは爆上げである。
ネロ先輩は一つ上の学年で、結構な有名人だ。
それは美人で料理がうまくて購買で自作のパンを売っているから、というのもあるがそれだけではない。
この学園で最強最悪と言われる不良の一人、ブラッドリー・ベインの率いるストリートチームのNo.2だからである。
最近チームを抜けたって噂が立っていたが、どうやらそれは本当らしい。
こうやって放課後勉強しに図書室にくるなんて、普通ならあり得ないことだ。
本を借りなければ図書委員の俺と話す機会なんてそうそうないが、あのネロ先輩が勉強している姿を眺めているだけでも眼福。
その日から放課後の委員会が楽しみになっていた。
ある日、そろそろ図書室を閉める時間になり閉館準備をしていたら、ネロ先輩が机に顔を伏せていた。
小さくスースーという音も聞こえてきて、寝ているらしかった。
遠くから見ているだけなら可愛い先輩、しかしこれでもストリートチームのNo.2を張っていた人だ。もしめちゃくちゃ怖い人だったらどうしよう…
閉館時間も差し迫っていたので、意を決して細い肩をトントン、と叩いてみた。
「あの、もうここ閉めますよ…」
声は弱気だが俺の呼びかけで目を覚ましたようだった。
気だるげに顔を上げて目をぱちぱちと瞬きさせ、ここがどこだか確認しているような目でこちらを見た。
次の瞬間、白い肌がかあぁ、と真っ赤になって慌てた様子で声を上げた。
「うわあ!ごめん、俺寝てた?!」
「そうみたいです…」
「うう最悪…恥ずかしい…ごめんな、すぐ帰るから」
勢いよく立ち上がり広げていたノートやら教科書をカバンの中に仕舞っている。
顔を真っ赤にして恥ずかしがるネロ先輩、めちゃくちゃ可愛い!!
「まだ少し時間あるんで大丈夫ですよ」
俺は内心ドキドキしながら、でも顔には出さないように表情筋を引き締めてどうにか言葉を続けた。
「あんた毎日ここにいるよな?図書委員って大変だな」
帰る準備をしている間の沈黙に耐えられなかったのか、照れ隠しなのか、ネロ先輩が俺に話しかけてくれた。
「どうせ暇だし、利用者も少ないから全然大変じゃないです」
俺が毎日いるって知られてたんだ。俺を認識されていたことにとてつもない幸福感が溢れてきた。
「でも暇って言っても時間取られるのは嫌だよなあ。あ、そうだ。これやるよ」
そういってネロ先輩はカバンから何か取り出して俺の手のひらの上に乗せた。
それはパンだった。多分、ネロ先輩の手作りで、昼に売ってるやつだ。毎回争奪戦が起き入手難易度SSRのパン。もちろん食べたことはない。
「え?!これってあのネロパン?」
「そうそう。そのネロパン」
ネロ先輩はくすくすと笑いながら言った。多分語尾に(笑)がついていた。本人の目の前でネロパンはまずかったかな?
「それ試作で持ってきたやつなんだ。誰かに味見してもらおうと思ってたからちょうどよかった。」
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。神様に感謝した。
「じゃ、帰るな。今度会った時、味の感想教えてよ」
荷物を持ってネロ先輩が手を振って図書室を出ていった。
会話出来るだけでもすごいのに、手作りのパンをもらって次会う約束までしてしまった。今死んでも悔いはない。いや、ネロ先輩にパンの感想を伝えるまでは死ねない。
本当はダメだけど誰もいないのをいいことにその場でネロ先輩にもらったパンを食べた。
ジューシーな照り焼きチキンと半熟たまごがコッペパンに挟まれている。レタスや玉ねぎなどの野菜も入っていて歯ごたえもよくとてもおいしい。
こんなおいしいパン、毎日だって食べられる。
次に会った時、めちゃくちゃ美味しかったですって伝えよう。俺はウキウキしながら帰宅した。
それから1週間ほど、ネロ先輩は図書室に姿を見せなかった。
おかしいな、と思いながらも、まあそのうち姿を見せるだろう、と呑気に考えていた。
だって俺はネロ先輩の試作品の味の感想を伝えるという大事な使命を受けているわけだし。
その日、俺はクラスのHRが長引いていつもより遅く図書室に到着した。
無法地帯ではあるものの図書室の鍵は司書の先生が管理しているので先に開けてくれている。
カウンターに荷物を置いて、ふといつもネロ先輩が勉強をしていた机に目を向けると広げられたノートと教科書、カバンが置いてあった。
今日はネロ先輩来てるんだ!と嬉しくなった俺はキョロキョロと図書館内を見回す。
そんなに広いわけではないが、高い書棚が並んでいるので視界は悪く、奥の方は結構入り組んでいる。
カウンターから出て直接、書棚の間を見回っていたその時、くちゅくちゅと水音のようなものと人の話声がかすかに聞こえて俺は足を止めた。
「や、やだ。やめて…!人が来るかも…」
「いいじゃねえか。見せつけてやろうぜ」
声は潜められているが注意深く耳をすませば何とか聞き取れるくらいの大きさだった。
片方の声はネロ先輩だ。そしてもう片方は…
「バカ!ブラッド!いいわけねえだろ!」
ブラッド。ブラッドリー・ベインだ!
あの最強最悪と恐れられる不良の一人。もし学園内で出会ってしまったら震えて眠れと言われるほど恐ろしい人物だ。
まずい。もし俺がここで聞き耳を立てているなんてことがバレたら殺されるかもしれない。
しかし恐怖が5割、好奇心が5割でその場から足が動かない。幸い向こうはこちらに気づきていない様子だ。
「しー!大きな声出すと気づかれるぞ。」
ブラッドリーがそういうとネロ先輩は口を噤んだみたいで声を出さない。
その代わりにさっきからかすかに聞こえていた水音が目立つようになった。
くちゅくちゅ、水が溢れている場所に何かを出し入れしているような、そんな音がする。
それと一緒に「ん、はあ、そこ、やあ!」というネロ先輩の声。
これってもしかして…下半身が反応しそうになるのを何とか堪えた。
「ずいぶん気持ちよさそうだな。こうゆうとこですんの興奮する?」
「そんなわけ…ねえだろ…!」
ブラッドリーはそういいながらネロ先輩の体を弄っているようだった。
ここからじゃ直接は見えないけど服のこすれる音とかネロ先輩の喘ぎ声とか、想像を借り立たせられて余計に興奮する。
「チーム抜けてこんなところで勉強とかいって、ほんとは違うことしてたんじゃねえの?」
「なんの話だよ」
「図書委員のガキ、誑かしてるらしいじゃん」
急に自分の話になってドキっとした。
俺のことか?もしかして殺される?
「誑かしてなんか…!」
「仲良さそうに話してたってチームの連中から情報は上がってんだよ」
この間パンをもらった時のことか?誰かに見られてたのか。てか情報網すげえな。
「居眠りしてたところを起こしてもらっただけだよ…」
「勉強してねえじゃん」
「いつもはしてる!それに前日の夜遅くまでお前が寝かしてくんなかったから寝不足だったんだよ!」
「お前のせいじゃねえか!」ってネロ先輩は怒ってる。ブラッドリーは「ああ、あの日か」と全然申し訳なさそうじゃない様子で応えている。
「めっちゃ眠かったのに購買のパンも朝から作って、お前用のパンも作ってたのに学校には来ねえし…」
怒っていたネロ先輩の声がだんだん弱弱しくなっていく。声も震えて今にも泣きそうだ。
「悪かったよ、ネロ」
「うるせえ、離せ」
今まで聞いたこともないような優しい声色でブラッドリーがネロ先輩に詫びを入れている。
言葉では許してはいないがネロ先輩も満更ではない様子だった。
「機嫌直せって」
ブラッドリーがそういうとちゅっという音がして二人の会話がやむ。
唇と唇を合わせる音。キスをしてるんだ。
いよいよもってこれ以上ここにいたらまずい。
俺は恐る恐る音を立てないように歩き出す。
チラっと最後に二人がいる書棚の方を見ると、上の段と下の段の本の間からこちらを見る赤い瞳と目が合った。
心臓が止まるかと思った俺は何も考えずその場をダッシュで逃げ去った。
どうやって家まで帰り着いたのか覚えていないほど夢中だったので、図書室で見聞きした出来事も夢だったのではないかと思ったほどだ。
その後図書室にネロ先輩が来ることはなくなった。
しばらくして学校が近くの進学校、芸能校と合併したから、新しい学校の図書室は進学校や芸能校の奴らで賑わっている。
俺はもう図書委員じゃないし、ネロ先輩は俺のことも覚えちゃいないだろうが、二人で話した日のことは大切な思い出として心に仕舞っている。
願わくば、パンの味の感想を伝えたかったなあ。