慣れないことはするもんじゃない 着せられた衣装を見下ろしながら、思わずため息をついてしまう。
今すぐ帰りてえ……けど、賢者さんに頼み込まれたうえに北の双子に圧をかけ……じゃない、泣き付かれちまったら、断れねえもんなあ。
「それではブラッドリーさん、ネロさん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくな」
「わざわざ俺様が来てやったんだ。男前に撮らなきゃ承知しねえぞ」
隣では同じように用意された衣装に身を包んだブラッドがふんぞり返っていた。
たまに賢者の魔法使いへの取材の依頼が舞い込むことがある。流石に全部に対応はしていられないが、魔法使いのイメージアップを図るためにも、という理由でいくつかは北の双子が引き受けさせるのだ。
そして今回は俺とブラッドの二人の番。というか俺たちへのご指名だったらしい。
よりによってまたこいつと一緒なのか……。
「お二人の自然な姿を撮りたいので、そちらに掛けて適当に話しながら目線をもらえますか」
照明器具が取り囲む中心には、濃い茶色……言うなればチョコレートの色合いをした座面だけのソファが置かれている。
「ポーズはなんでもいいのか?」
「はい、お好きなようにどうぞ!」
箱の真ん中から丸い目のような筒が出っ張った物体を構えて、青年はニコニコしている。その場の光景を絵画のように写し取ることができるというそれは、賢者さんの世界にあるカメラ、とかいうものを真似てムルとヒースが作った魔道具らしい。
「ブラッドリーさんさすがですねー!そのポーズいいです!」
ブラッドは何着せたって様になるんだから、こういう場に呼ばれるのも分かるんだが……どうして俺まで引っ張り出されるんだろうな。
ブラッドは寝転ぶような形でポーズを取ることに決めたみたいで、その隣に座ったのはいいがこの先どうしたらいいのかが分からない。気付くと右手が首の後ろに行っていて、さすがにそれは指摘されて直された。
「飯屋さんよお、そんなに包丁握ってねえと落ち着かねえのか」
「う、そんなんじゃねえけど……」
手のやり場に困っているのは、ブラッドにはお見通しのようだ。逃げるように視線を逸らすと、部屋の隅のテーブルに並べられているグラスと皿が見えた。
「なあ、あれって借りられるか?」
「……ああ、構いませんよ。チョコレートイベントの特集でもあるのでお二人にも召し上がって頂けるよう用意したものですから」
カメラマンに断りを入れてテーブルへと向かう。並べられていたのは、チョコレートの粒やドルチェ、それにグラスに盛り付けられたパフェだった。
チョコレートは色や形も様々、ドルチェは小さめに作られていて、チョコレートのクリームを上に絞っているものや、チョコレートソースでコーティングされているものなど種類も多い。
パフェはシャンパングラスのような細長いものにルージュベリーやチョコレートのムースとソースなんかが層になっていて、上には薄く作られた飾り用のチョコレートがいくつか刺さっている。ちょっと用意しすぎなんじゃねえか、とは思うけど、このパフェは持っているのにちょうどいいだろう。
ひとつ拝借して戻ると、ブラッドが目ざとく視線を注いでくる。
「美味そうなもん持ってんじゃねえか」
「あんたの分もあるんだから、後で食えよ」
「用意されたもんより、他人から奪って食うのがいいんだろうが」
案の定、パフェに刺さっているチョコレートをひょいと摘み上げられる。
「てめえなあ、こんなとこでまでつまみ食いすんじゃねえよ」
「俺様の前でひらひらしてるこいつがいけねえんだよ……なかなか洒落てるじゃねえか」
「気になるのか?」
「見た目も味も良いもんなら、甘いもんもたまに食うのは悪くねえな」
「……なら、帰ったら作ってみるか」
この見た目ならお子ちゃまどもだけじゃなくて、他のやつらでも気に入るだろう。中のルージュベリーのソースなんかにリキュールを混ぜて、大人向けの味にしてもいい。そんなことを考えながら視線を上げると、真ん丸の黒い瞳と目が合ったと思う間もなくカシャ、と音がした。
「……あ」
しまった。撮影中なのを完全に忘れていた。
「うん、いいねこれ!ブラッドリーさんもばっちり決まってるし、ネロさんの気怠げでアンニュイな雰囲気もよく出てるし、これでいきましょう!」
「え、ちょっとそれ、見せてもらえる?」
写し取られた場面をのぞき込んで、思わず顔を覆った。
いや、なんていうか、こんな何にも面白くなさそうな顔のどこがいいんだ?てか、あんなタイミングだったのにブラッドのやつ、思いっきり決めてやがるし。こういうとこなんつーか、ムカつくよな。
てゆかなんだよこの表情。自信満々で嬉しそうなのに色気まで出しやがって。これじゃまるで、
「出来はどうだ?東の飯屋さんよ」
ブラッドが横からのぞき込んできた。さりげなく肩に腕を回して、身体を密着させてくる。顔が近いんだよ馬鹿。
「お、いい感じになってんじゃねえか」
「てめえはな」
「違えよ。てめえの表情が、だ」
「は?」
「さっきから硬すぎるか引きつった笑顔ばっかりだったろ。あんなんじゃいつまで経っても終わらねえんだよ」
「う……それは、悪かったって」
「てめえはいつもこんな顔だろ」
「!?」
「いいんだぜ?礼してくれてもよ」
「それは……って、てめえ、まさかわざと、」
さっきのつまみ食いの真意がようやく見えて、顔に血が上っていく。
「フライドチキン頼むぜ」
「……馬鹿野郎」
一応、ちょっとは、感謝していなくもないので尻すぼみになった悪態に、ブラッドはにんまりと笑った。
後で賢者さんに聞いた話だけど、ブラッドのこの表情、ドヤ顔っていうらしい。あいつにぴったりの言い方だよ、全く。