パピコをふたりで食べる 蝉の鳴く声が鼓膜を忙しなく震わせる。
半袖のTシャツに薄手のスウェットパンツと、彼にしては珍しいラフな格好をしているけれど、容赦無く照り付ける真夏の太陽に焦がされ、隣を歩く晴臣の表情には先程からわかりやすい不快感が滲み出ていた。長い前髪を鬱陶しそうに払い除け、不機嫌さを隠そうともしない。
そんな晴臣の様子を眺めながら、智生はくつりと喉の奥に笑いを零した。出会ったばかりの頃は今以上に無表情だった彼が、こうして素直に感情を表に出している様子を見るのは、何となく気分が良い。なかなか心を開かない大型犬を手懐けたような優越感があるのだ。
「……なに」
智生の視線に気付いたらしい晴臣が、眉間のシワを一層濃くしてこちらへ顔を向ける。そのまま彼のふたつのはちみつ色が訝しむようにすうっと細められた。「また下らないことを企んでいるだろう」と、そういう彼の胸中が夏の空気を介して伝わってくるようだ。
「暑そうだなあ、と思って」
右手を持ち上げ、智生は否定するようにひらひらと動かしてみせた。実際、思考のスタート地点は『そこ』だったわけだし、あながち間違ってもいないだろうと胸の中でぽつりと独り言つように言葉を落とす。
案の定、晴臣の方もそれ以上言及するつもりもないらしく、智生の顔を一瞥してふたたび前を向いてしまった。……やっぱり、夏の茹だるような暑さに『相棒』の彼はかなりやられてしまっているらしい。
――晴臣、と。ゆるむくちびるをそのままに彼の名前を呼んだ。視線だけで返事を寄越した晴臣の顔を、掬い上げるように覗き込む。
「そこ。コンビニで冷たい物でも買おうよ」
「……ん」
あ、ちょっとほっとしてる。
僅かにほぐれた彼の表情を見とめ、智生はちいさく笑みを零す。夏の日差しを浴び、すっかり熱の篭った彼の腕を引いて、そのままコンビニの方へと足を向けた。
自動扉が音を立てて開き、客の入店を報せる特有の音楽が狭い店内に響き渡る。
入り口のすぐ近くに、アイスクリームが所狭しと並べられた冷凍ショーケースが設置されていた。ぴたり、と、魔法でもかけられたように晴臣の足が止まる。じっとアイスクリームたちを眺める大の男の姿は、なかなかパンチ力のある光景だった。勿論、智生自身は見慣れている様でもあるのだけれど。
「コンビニアイスなんて、久しく買ってないよな」
「……」
「あ、ほら。これとか。学生が食べてるのをよく見かけるけど」
指差した先のパッケージには、繋がった部分を半分に割って、ふたりで食べることを前提にしたようなデザインのアイスクリームが描かれている。『チョココーヒー』なんて、この商品以外ではほとんど見かけない味だな、と今更のようなことを思った。
何故か黙り込んでいる晴臣に、智生は静かに視線を向ける。食べたいのなら、素直にそう言えば良いのに。
やれやれと大袈裟に肩を竦め、智生はショーケースの中からそのアイスクリームを取り出した。「おい、」と、智生の行動を咎めるような彼の声を無視して、そのままレジへと直行する。
「……良いじゃん、たまには。学生気分を味わうのも」
はい、ドーゾ。
差し出された『片割れ』のアイスを前に、晴臣は複雑そうな表情を浮かべている。けれど、今更どうにかなることでもないとようやく気が付いたようで、ニコニコと楽しげに微笑む智生を一瞥してから、渋々という風にそれを受け取った。
夏の熱に晒され、中のアイスクリームは程よく溶け始めている。輪っかの部分に指を引っ掛けてパキンと蓋を開けると、そのままくちびるをくっつけた。――瞬間、チョコレートの甘さが口の中いっぱいに広がっていく。
「(……甘い)」
久々に口にしたけれど、その感想は変わらない。
つつと視線だけ横へ動かすと、晴臣もちょうど食べ始めたところだったようだ。あんなに不機嫌そうだった表情が、ふんわりとやわらかいものになっている。
「……おいしい?」
「……ああ」
幸せそうに頬をゆるめながら夢中になってアイスを食べる様子は、幼い子どもと然して変わらない。
顔に似合わず、晴臣が存外甘党であることを、一体どれだけの人間が知っているのだろう。ふ、とくちびるの端を持ち上げ、智生は胸を満たす優越感を享受する。
智生に見守られながらあっという間に一人分のアイスを完食した彼に、はい、と智生は自身の分を差し出した。智生が甘いものをそこまで好まないことも、彼は勿論知っている筈だ。
「……」
すこしだけ考える素振りを見せてから、不意に腕を伸ばし、晴臣はアイスごと智生の手を捕まえる。そのまま、ぐいと智生の手を引き寄せると、ほとんど量の減っていないアイスへ口を付けた。
なんだか、餌付けしているみたい。
「……かわいいね、お前」
口をついて出た言葉に、晴臣の表情がわかりやすく曇った。けれど、智生の手からアイスを食べるという行為を止めるつもりもないらしい。
ふふ、と相貌を崩し、その様子を智生は嬉しそうに眺めていた。――やっぱり、『心を開かない大型犬を手懐けたような優越感』が正しい表現な気がする、と。