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    あ や 🍜

    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    はるちせ/お題箱にいただいた『嫉妬する晴臣くん』を元に書きました。智生くんが仔猫を拾うお話/わたしの力不足でだいぶ別人になってしまったので、薄目で見ていただけると嬉しいです。

    ウィズ・ザ・キトゥン・イン・ビットウィン みゃあ、と。
     聞き馴染みのない鳴き声が微かに鼓膜を震わせた。数日ぶりに『相棒』の部屋へと向かっていた九頭竜智生は、引き寄せられるように音のした方へと視線を落とす。
     最初に視界に映ったのは、湿気を吸ってすっかりふやけた段ボール箱だった。側面には掠れた文字で『拾ってください』と書かれている。
     立ち止まり、視線を合わせるように智生はその場にしゃがみ込んだ。
     じいっと、零れ落ちそうなふたつの大きな黒い瞳が、段ボール箱の中からまっすぐに智生を見つめている。
     ――みゃあ。ふたたび、何かを訴えるような声色の鳴き声が響いた。
     膝の上に頬杖を突いた智生は、ギュッとくちびるを噛んで何かを考える素振りを見せてから、首を傾けてちいさく言葉を落とす。
    「……一緒に来る?」


     ウィズ・ザ・キトゥン・イン・ビットウィン


    「ごめんな。今日はもう、病院がしまってて」
     タオルに包まれた仔猫を覗き込みながら、しょんぼりと眉を下げて智生が言う。言葉を理解しているわけではないと思うけれど、新しく用意してもらったベッドの中で、仔猫は「みゃあ」とちいさく返事をした。
     見つけた時に比べ、すこしは元気な声色になったような気がする。安堵を滲ませ、ふっと智生の表情がゆるんだ。
    「明日、時間になったらすぐに連れて行くから――」
     その時、後ろからガサ、と音がして、言葉を切った智生はゆっくりと振り返る。
     コートを脱ぎながら、部屋の主である辰宮晴臣が静かに智生たちを眺めていた。テーブルの上には、二十四時間営業のドラッグストアの店名が印刷されたビニール袋が置かれている。智生の唐突な要望に彼はきちんと応えてくれたようだ。
    「おかえり。ありがと」
    「……ん」
     頷いて、袋から中身――人間用の粉ミルクを取り出した晴臣は、そのままキッチンへと向かう。下手に手を出すより、彼に一任してしまった方が、この場合、事が上手く運ぶだろう。そう思った智生はふたたび視線を仔猫へと戻す。
     晴臣の部屋への道中で見つけた捨て猫を、智生はどうしても放っておくことが出来なかったのだ。仔猫の入った段ボール箱と共に玄関に現れた智生を一瞥し、すぐに状況を理解したらしい晴臣は、はあ、とひとつだけため息を零してから、けれどすぐに部屋の中にふたり(正確には、ひとりといっぴきだが)を迎え入れた。
     この時間に、猫用のミルクを売っているような店が営業しているはずもない。だから人間用のミルクで代用することにした。スマートフォンの液晶に情報を映し出し、晴臣は手際良く作業を進めていく。
     程なくしてミルクを注いだ皿を手に晴臣がふたりの元へと戻ってくる。
    「……冷めると飲まないらしい」
    「うん」
     晴臣の手から皿を受け取った智生は、仔猫の目の前に静かにそれを置いた。智生と晴臣の視線を受け止めながら、仔猫は顔を持ち上げる。初めは警戒する素振りを見せていたけれど、空腹に耐えられなかったらしい。そのままぴちゃ、と短い舌を付け、ゆっくりとした速度でミルクを飲み始めた。――思わず、顔を上げて晴臣の顔を見る。
    「良かった」
    「……ああ」
     そうして、出されたミルクを三分の一ほど飲み終えた仔猫は、腹が満たされたおかげなのか、すっかり元気を取り戻したようだった。あの場所に置き去りにされてから智生に見つけられるまで、きっとそこまで時間が空かなかったのだろう。不幸中の幸いかな、と智生は静かに思った。あとは、明日病院で念のため診察を受けさせて、それからゆっくりと里親を探せば良い。
    「大丈夫、それまではちゃんと面倒を見るよ」
     隅っこの方へ移動してじいっとこちらの様子を窺い始めた仔猫に、智生はふっと相貌を崩した。

       +

     仔猫を拾ってから三日が経った。
     引き取り手はすぐに決まった。けれど、受け渡し日まですこし日が空くからと、あと数日はこうしてふたりで面倒を見ることになっているのだ。
    「ん、もうお腹空いたの?」
     最初は露わにしていた警戒心もここ数日ですっかり解れ、気付けば智生の隣で瞳を瞬かせている仔猫――彼女に、智生もわかりやすく『メロメロ』になっている。
     流れのまま晴臣の部屋で彼女の面倒を見ることになったので、当然のような顔をして、智生も晴臣の部屋に入り浸っていた。今更、そういうことをいちいち気にする間柄でもない。
     胡座をかく智生の足の上に飛び乗ると、ご満悦そうな表情を浮かべて彼女は身体を横たえる。そんなちいさな毛玉を両手で撫でながら、「飯は、もうすこししてからな」と智生は優しく言葉を落とした。意図せず、頬がゆるむ。
    「……作るのは、お前じゃないだろ」
     声のした方へ顔を向けると、呆れたような表情を浮かべた晴臣と目が合った。
     くつりと喉の奥で笑いを噛み殺して智生はわざとらしく肩を竦めてみせる。細かいことは気にするなよ、と。
    「この子も、晴臣には感謝してるってさ」
     ねー? と、首を傾けながら、智生は彼女の顔を覗き込んだ。みゃあ。彼女が嬉しそうに返事をする。
     一緒に過ごせる時間があと数日だと思うと、名残惜しくもあるのだ。智生の家でも晴臣の家でも彼女を飼い続けることは出来ないと頭ではわかっている。だから、ついつい甘やかしてしまう。それに――
    「(……似てる気がするんだよな、何となく)」
     大粒の宝石のような瞳を見つめながら、ちいさくそんなことを思った。……もちろん、当の本人には口が裂けても言えないけれど。
     視界の中で、くあ、と彼女が大きな欠伸を零した。心を許した相手の前ではすっかり無防備になるらしい。三日前からは考えられない様だな、と、すこしだけ感慨深くなる。ふわふわの身体をふたたび優しく撫でて、「寝ていいよ」と言葉を落とした。
     ――ふと、微かに視界が暗くなる。不思議に思って反射的に顔を上げると、いつの間にか目の前に晴臣の姿があった。満月のような瞳が静かにふたりを見下ろしている。
     視線を合わせるように彼は膝を折ってその場にしゃがみ込む。行動の意図が読めず、じっと晴臣の様子を眺めていると、不意に彼の右手がこちらの方へ伸ばされた。――そのまま、むに、と両頬を顎の下から掴まれる。
    「な、なに……」
    「……」
     ぱちぱちと瞬きをくりかえし、智生は晴臣から目を逸らせないでいる。薄く整ったくちびるは、キュッと閉じられたまま何の言葉も紡がない。しかし、まっすぐこちらを見つめる彼は、僅かに不機嫌さを滲ませ、難しい表情を浮かべていた。――これは、もしかして。
    「……ぶっ」
     思わず吹き出した智生に、晴臣は丸めた紙のようにくしゃりと表情を歪ませた。その反応さえ面白くて、智生はケラケラと笑い出す。
     膝の上で彼女がぴくりと身体を震わせて顔を持ち上げるのがわかった。驚かせてごめんね、と、囁くように口にしてから、彼女を撫でていた右手を彼の方へそっと伸ばす。
     ヨシヨシ。揶揄いを滲ませ、戯けた口調でそう言いながら、猫のようにやわらかい彼の髪をふわりとなぞる。尚も眉間にシワを寄せて複雑そうな表情を浮かべているけれど、彼は、嫌がる素振りは見せなかった。
    「(……やっぱり、似てる)」
     胸の中で独り言つように、智生はおだやかにそう思った。
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