名付けようのない時間の場所に「必要の部屋」は、かつては極秘にされた秘密だった。たしかに、魔法省やホグワーツの教職員は、今でもそのように保とうとしている。最も詳しい歴史書でさえ、ダンブルドア軍団が「とある秘密の場所」で会合を開くことや、レイブンクローの髪飾りが「ホグワーツにうまく隠されていた」としか書いていない。しかし、口コミというのは強力なもので、特に10代の若者の間ではそうなのだ。ホグワーツの戦いから10年以上経った時点で、「必要の部屋」の存在はホグワーツの生徒たちにとって、「暴れ柳」と同じくらい有名になるほどに伝えられている。
つまり、ハジメが利用しようとすると、ほとんど常に使用中の状態なのだ。最初は、あまりに軽薄な理由で使おうとしているのかと思った。監督生たちは、本当に精神が崩壊しそうな時以外は、授業をサボろうとする生徒には見せないと注意していたし、ハジメはずる休みしようとは思っていなかったが、特に悪い精神状態でもなかった。少しストレスが溜まっていただけなんだ。
そして、一年生になって数ヶ月経ったある日、ついに「必要の部屋」が開かれた。そこにはさまざまな雑誌、お菓子、落ち着いた暖色の柔らかい家具が揃っており、くつろぐには最適だった。その日、ハジメはいつも以上に困っていたわけでもなく、ただ運が良く、偶然空いている時に来ただけだった。
普段の授業の日は、このような幸運に恵まれることはほとんどない。幸いなことに、空いた状態である可能性が最も高いのは、一番必要な日、つまり寮生と過ごす時間が長いと予想されるイベント日だった。
なぜなら、ハジメは他のスリザリン寮生とどう考えても合わないからだ。
「組分け帽子が間違えたのかもね」
ゴブストーン・ゲームをしているある日に、チアキが何気なくそう言った。
ハジメはその言葉をはっきり覚えている。それは、一瞬にして顔についた液体の悪臭とともに、永久に記憶に刻まれた。
「ごめん」
やや申し訳なさそうだったが、ハジメを動揺させる作戦をとったことはほとんど反省していないチアキは言った。
「冗談だよ。組分け帽子は間違えない、と思うよ」
でも、ハジメの場合は明らかに間違いだったんだ。
「難しい」と帽子が耳元で囁いたのを覚えている。
「君はどの寮でも偉大になれるんだよ。しかし、わたしには野望、知性、機転が見える……おう、スリザリンに入ればうまくやれるかもしれない。スリザリンのはマグル生まれも必要だよ。どうかな?」
その時、ハジメはその言葉に納得し、反対はしなかった。反対できるとも、反対「すべき」とも思っていなかった。ホグワーツに来る前に魔法界の文化をざっと調べただけで、スリザリンに入ることがどんなことなのか、警告を受けなかったんだ。
2年前にタイムスリップする呪文があれば、11歳の自分に正しい方向を指し示すか、せめて頭をガツンと叩いてやりたいと思う。
スリザリン寮生は強烈だ。半数は「例のあの人」の再興に関わるという不名誉の後、スリザリンに栄光を取り戻そうと強く決意し、残りの半数はスリザリンに入った事実だけで自尊心を高めているように見えた。そして、「血筋」を理由にハジメをさげすむ者も、最近ではかなり少なくなったが、それでもいる。
自分に何ができるかを考え、それをうまくやり遂げることだけを望んでいるハジメには、あまりにも酷なことだ。野望があったのは確かだが、自分以外に証明するものは何もなかった。
つまり、ハジメが「必要の部屋」に逃げ込んで自分の時間を持てる日々は幸せなことだ。ソファーでくつろぎながら、古いクィディッチの雑誌をパラパラとめくり、まだ目新しさを失っていない動く写真に畏敬の念を抱いている。正直言って、その雑誌を読んでいるのは少しばかげている。だって、緑地の向こうでは、代わりに見ることができる「本物」のクィディッチの試合が行われている。しかし…スリザリン対ハッフルパフの試合なんだ。自分たちのチームを応援しているとき、特にシーズン最初の試合となると、スリザリン寮生たちは限りなく居づらくなる。
ハジメはモルドバ代表チームの記事を読んでいる途中で、突然のドアの音に驚かされ、現実に引き戻された。雑誌をびくっと床に落とし、顔を上げると、「必要の部屋」の入口に同じように驚いた表情をした少年が立っている。
えっ?どうやって入ってきたんだろう?ハジメは信じられない思いで眺めた。ハジメ「専用」の部屋に他人が入ることは不可能のはずだろう?
いや、そうではない、とゆっくり気づいた。そもそも「ハジメ専用」なんてなかった。他人が入ることは可能なんだ…もし、同じ時間に同じ部屋を必要とするならば。
ハジメは廊下を歩き回りながら、一体何を求めていたのだろう…?
「しばらく寮生から離れてゆっくりしたいんだ」
あっ。
相手の少年も同じことを気づいたようで、固まっていた肩の力が少し抜けた。まだ気まずい状況なのは確かだが、気の合う仲間を追い払うのは気が引ける。
「あの、座らない?」
と言って、ハジメはソファから足を下ろして、ちゃんと座れる姿勢になった。
もう一人の少年は顔をしかめたが、完全に部屋に入り、ハジメの側から一番遠いアームチェアに座った。
ハジメは落ち着かない様子で親指をくるくる回した。このままでは二人ともリラックスできないだろうし、かといってどうやって打ち解ければいいのか。仕方なくコーヒーテーブルの上に積んであった大鍋ケーキを2つ取り出し、新しい仲間に1つ差し出した。
「食べる?」
相手の少年は怪訝そうにハジメを見つめたが、ケーキを受け取った。
「もともとオレのだったんだよ?」
ハジメは顔を赤くした。
「ああ!わ、悪い、俺食べちゃダメだったか…?」
「いや、いいんだ」
少年はぼんやりとビニール包袋の縁をいじった。
「他の誰かがこの部屋を使ってんのは明らかだった。あのトフィー、テメーが持ってきたもんか?うめーな」
「ああ…うん。母さんが作ってくれたんだ…」
近づいてきたハジメは、相手の少年の特徴をよく観察することができた。小柄な体格、短く刈り込まれた金髪、そばかすのある頬……
「待て、ひょっとしてナツミの兄さん?」
少年の黄色い裏地の付いたローブに目をやった。確かに、ナツミはハッフルパフにいる「失敗者」の兄について話していた…。
金髪の少年は明らかに髪を逆立てた。
「じゃあ、テメーはスリザリンのヤツ?ハッ…言っとくけど、あの女がオレについて何言おうと、信じねー方がいいな」
「あ、いや、実は俺…」
ハジメは一瞬言いよどんだ。
「俺は、彼女がお前を完全に作り上げたと思っていたんだ」
相手の少年はケーキの最初の一口を喉に詰まらせるところだった。
「はぁ!?」と、咳払いの間に何とか言えた。
「まあ、そうだけど…」
ハジメは少しバカっぽいに感じたが、自分の思い込みを正当化したかった。
「だって、俺と同じ三年生だって言ってたけど、ハッフルパフ寮生たちとはよく遊んでるし、前にあった覚えはないんだよ?優越感を得るために兄を作り上げただけかと思ってた」
苦笑をしながら、相手の少年は一旦大鍋ケーキを脇に置いた。
「おう、アイツらしいな。でもオレは本物なんだ。当たり前かよ。ハッフルパフのボケどもに耐えらんねーから、スリザリンの連中と一緒にいることが多いだけさ」
彼はハジメに眉をひそめた。
「今までテメーに会ったことねーのは変だと思ったんだけど…」
「俺たち、ずっとすれ違っているんじゃないか?」
ハジメはニヤニヤしながらそう言った。そして、少し考えてから、手を差し出した。
「ヒナタ・ハジメだ。よろしく」
「クズリュウ・フユヒコだ」
金髪の少年ーーフユヒコはハジメの手を取り、握手した。
「で、どうしてテメーは試合に出てねーんだ?」
「冗談だろう?」
ハジメは手を引いて唸った。
「寮のみんなはクィディッチですごく険悪になるんだろう。やじや挑発…。週末ぐらいは勘弁してくれよ、あんな嫌味」
「オレの寮よりマシだな」
と、フユヒコは唸った。
「あいつら、相手のチームに優しすぎるんだよ!あんな半端な応援で何ができるか?我慢できねーから抜けたんだ」
ハジメは、自分の大鍋ケーキの包袋を破りながら、首を横に傾げてかんがえこんだ。
「優しいことってそんなに悪いのか?」
「悪いことじゃねーけど、ただ…」
フユヒコは食べかけのケーキに顔をしかめた。
「弱いと思われるだけなんだよ。少なくともうちの家族はそう」
「だからナツミはお前を失敗者って言ったんだな」
フユヒコは笑い声を上げた。
「まったく、アイツらしいな。今まで、スリザリンに入ってないクズリュウがいたと思うのか?曾祖父がレイブンクローに入ってたけど、それだけ。物心ついた時から、みんなスリザリンだったんだ」
嘲笑しながら、また砂糖で不満を紛らわすためにケーキを手に取った。
「よりによってハッフルパフなんかに組分けられたか…」
「せめて何か個性的なものがあるんだ」
とハジメは呟いた。
「そういうのが欲しかったの」
フユヒコは口を開いて反論しようとしたが、思い直したように、黙ってケーキを一口食べた。飲み込んだ後、代わりにこう尋ねた。
「で、帽子はなぜオメーをスリザリンに入れたのか?そういうタイプに見えねーんだ」
「それは…」
ハジメは照れくさそうに頬を掻いた。
「野望や機転があるって言ってたんだけど…。まあ、一応そうだけど?でも、寮のみんなはそういうことをはっきり言うんだけど、俺の場合はもっと内面的、って言うか…」
苦笑を浮かべた。
「同室の一人は、最初は俺に似ているように見えたけど、1、2週間後、ちょっと不気味になっちゃった。スリザリンに栄光を取り戻すための踏み台にさせてくれとか、何度も言い出すんだ…」
フユヒコは鼻に皺を寄せた。
「やべー、アイツと同室か?どうりでこんなとこに逃げ込む必要があるわけだな」
ハジメは笑った。
「知り合い?」
「一度、二度会ったことがあるが、ペコの話からすると、それで十分すぎるだろ」
ハジメは間を置いた。
「ペコヤマ?」
「ああ、オレとアイツはほぼ一緒に育ったんだ」
フユヒコはニヤリと笑った。
「オメー、他の連中とは仲わりーかもしれんが、ペコはいいやつだ」
ハジメは考え込むように口ずさんだ。ある日、朝食の時に銀髪の少女と一緒に座ってみたが、彼女が黙ってハジメを睨んでいたのがちょっと引っかかったんだ。ましてや、一年の時から決闘の腕前が恐ろしく高いという噂もあった…。
「その…じゃあ、もっとあいつと話してみようかな…」
フユヒコは満足げな笑みを浮かべながら、大鍋ケーキを食べ終えた。それでも、ハジメはこのまま話が終わるのはおかしいと感じていた。
「お前はどうなんだ?」
「同室のやつら?バカの連中だ」
「そこじゃなくて、組分け帽子のことだよ。なんでハッフルパフに入れられたのか?」
フユヒコは頬を染めながら、顔を伏せた。
「オメーには関係ないだろ!」
「いや、本当に嫌なら言わなくていいんだ」
とハジメはなだめるように言った。
「でも、帽子に言われたことを話したんだから、聞くのは当然だと思うんだよ…?」
不機嫌そうにフユヒコはローブの中にもぐりこんだ。
「くっそ、狡いスリザリンどもめ。何を言うべきかよく分かってるな…」と呟いた。
「はい?」
「何でもいいって言ってるだろ!どうせ気にしてないんだからな!」
今度はもっと大きな声でそう言った。
「いい?帽子がオレをハッフルパフに入れた理由は…その、道徳心とか忠誠心とか…そーいうものだろ?」
そう言いながら、顔がどんどん赤くなって、視線を逸らした。
「くそっ…なんでこんなことまでしゃべってんのか?ペコには話したが、テメーなんて知らねーんだ…」
ハジメはソファにもたれかかり、視線を天井に向けた。
「そういえば、俺もチアキとマコトとしかこの話をしたことないな…。でも、お前ってなんか話しやすいんだよな」
小さく笑ってフユヒコの方をちらりと見た。
「俺たちってさ、お互いに必要としてたのかも?」
その言葉が口にした瞬間にも、ハジメは恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じ、それはすぐに相手の少年にも反映された。
「よーくもそんな甘いこと言えるもんだな、ボケか!」
フユヒコは言葉に肉体的に反発したようで、テーブルの上にあった百味ベーンズの袋を手に取り、ハジメに一粒ずつ投げ始めた。
「そんなの聞いてられると思ってんのか!?」
「ちょっと、フユーー痛っ!やめてよ、俺はただ…」
ハジメは自分の口元に向かってきた汚水色のビーンを振り払った。
「だって、お互い相談相手が必要で、ここは『必要の部屋』だから…」
「ああ、わかったよ、クソヤロー!でも口で言う必要ねーんだろ!?」
フユヒコは攻撃の手を止めたが、照れ隠しの睨みはそのままだった。
「くそー。テメーがハッフルパフ寮生とつるんなら、オレもあいつらと一緒になるのも悪くねーと思ってたのにな」
ハジメは笑った。
「あのな?俺も同じこと思ってたんだ」