ハッフルパフ寮生に恋するべき理由(1/2)「守護霊をうまく作り出せる魔法使いは、ほとんどいないと分かっているのだろう」
またしても弱々しい銀の糸が無に帰すのを見ながら、ムナカタ・キョウスケは思慮深く杖を叩いた。
「そのスリザリン寮生らしい粘り強さには感心するが、もっと別のところに応用できないのか?数ヶ月後にはO・W・L試験も控えている。なぜ、この呪文にこだわるのか理解できない」
ハジメは無視して、姿勢を正した。それでいいんだ。ムナカタは理解する必要はない。
深呼吸して、イライラを押し殺し、明るい感情に集中するよう努めた。
「エクスペクト・パトローナム!」
―――――
2月のホグズミード訪問の朝は、ふわふわとした白い新雪の絨毯が敷き詰められ、敷地内を見渡す限り穏やかな景色が広がっていた。しかし、その静けさは欺瞞に満ちていた。雪で隠れていた歩道は氷で覆われ、その上、足元は圧雪された。絵に描いたような景色とはいえ、村へ向かう生徒たちにとっては危険な道となった。
「別に、こんなにくっついてもいいんだけど」
ハジメはマコトに袖を強く握られて笑いを堪えた。
「でもさ、お前のブーツにも滑り止めの呪文をかけてあげたらどう?」
「ううん、いいんだ」
マコトは首を横に振り、ハッフルパフ柄のマフラーが動きに合わせて揺れた。
「ボクはそんなにドジじゃないんだ。魔法を使わなくても、自分の力で坂を降りれるよ」
これって「自分の力」なのかどうかだろうな…。肩をすくめて、ハジメはその思いを声に出さず、歩みを続けた。
「おーい!マコト、ハジメ!」
坂道の中間地点あたりで、後ろから聞き慣れた声を聞いたハジメは、二人に飛び込んでいる末っ子のいとこに堪えて、かろうじて体を正すことができた。一方、マコトは足を踏み外して積もった雪に無様に転げ落ち、妹を道連れにした。
「一体何をしようとしたんだろう、コマル」
苗木兄妹が坂道を滑り落ちながら、立ち止まっているハジメはそう呼びかけた。
ようやく止まったコマルは雪の中で身体を起こし、ピーコートの胴体を払いのけてから立ち上がって、兄に手を差し伸べた。
「うーん、確かによく考えていなかったかもね。そうそう二人とも、トウコちゃん見なかった?」
「トウコ?」
マコトは足元をふらつかせ、パーカーのフードについた雪を背中に滑り落ちる前に取り除こうとして、小さく呻き声をあげた。
「まだ見てないんだけど、キョウコとサヤカを見つけたら聞いてみるよ」
「うん、オーケー。一緒に戦略を練るための約束があって…」
この時点で、ハジメは二人に追いつき、再び一緒に歩き始めた。警戒しながら、こう尋ねた。
「戦略ってどういうこと」
「女の子の秘密だよー!」
コマルはにっこり笑って遮った。
「それより、ハジメの守護霊の補習はどう?進んでる?」
ハジメは苦笑いを隠そうともしない。
「ちょっと!」と、コマルは両手を腰に当て、顔をしかめた。
「キョウスケはホグワーツでここ数年一番優秀な闇の魔術に対する防衛術の生徒で、わざわざキミの指導を頼んであげたのに!何か成果があるはずだよ!?」
「いや、そこそこ進んでる、かな?」
ハジメは気まずそうに後頭部を掻いた。
「そこそこ…っていうよりぼちぼち、か…。一度や二度、有体に近い何かができたけど、そこから先はいつも下り坂なんだ」
「そういえば、なぜその呪文を覚えようと思ったのか、まだ説明していないね」とマコトは考え込むように指摘した。
「だって、闇祓いとかになろうとしてるわけでもないんだろ?」
「いや、それは…」
ハジメはため息をついた。自分のいとこに聞かれてイライラする理由はないが、同じ質問を何度も避け続けるのは疲れる。ハジメがグリフィンドール寮の首席から守護霊の個人授業を受けているという話はすぐに広まり、みんながその理由を知りたがっているようだ。
ハジメは、その理由を「誰にも」言いたくないと思っている。
どうすればナエギ兄妹に自分の行動を推理させることなく質問をかわすことができるのか悩んでいた時、声をかけられたのだ。
「おい、ハジメ!」
校門の翼のある猪像の下で立っているクズリュウ・フユヒコが、手を振ってハジメの注意を引いている。ハジメはありがたく手を振り返すと、坂の下まであと数歩のところまで走り、マコトとコマルも後に続いた。
「オメーらもチアキを説得しきれんかったのか?」
フユヒコはそう言って、金色の瞳で3人を見渡した。
「いや、無理だった。『寒すぎる。部屋でゲームする。砂糖ネズミ菓子を持ってきてね』」と、ハジメは友人の寝ぼけ声を真似て復唱した。
「布団から出てこさせることもできなかったな」
フユヒコは肩をすくめた。
「アイツならその方が幸せなんだろな。じゃあ、ハニーデュークスが先か?」
彼は親指を、門の向こうの村の方に振り向けた。
「オメーら二人とも一緒にこねーか?」
「えっ?ああ、ボクらでよかったら――」
「レイブンクロー寮生たち見つけたよ!」
コマルは突然叫び、兄の言葉を遮って肘を引っ張った。
「行こう、マコト!」
「えぇっ?う、うん…」
奇妙な衝動に駆られ、コマルはマコトを引っ張って校門の反対側へ向かった。銀色の髪の閃光が、確かにコマルがキリギリ・キョウコと他のレイブンクロー寮の女子たちを見つけたことを示した。すれ違っているコマルはハジメの顔を思わせぶりに見たから、その場を立ち去った。
何だろう。
ハジメはそんな表情を、どう解釈すればいいのかわからかったが、コマルの行動の奇妙さとフユヒコと二人きりになった突然の出来事が重ねて、神経が過剰に働いているようで、冬の寒さを以前よりも強く感じているようだ。
ふと、ハジメはクリスマス・ダンスパーティを思い出し、フユヒコと踊っていた時の暖かさを思い出した。今頃その暖かさを求めたらいいな――って、まったく不要な考えで、現れたと同時に頭から押し出した。
「えーと…じゃあ、ハニーデュークス?」という言葉しか言えなかった。冷え切った唇がそれ以上に言葉を作るのを信じることもできなかった。
幸いにもフユヒコはただ頷き、ハジメの横に並んでお菓子屋さんへと向かった。
―――――
フユヒコと一緒にハニーデュークスに立ち寄るのは、三年生の時に初めてホグズミード村に行った時からの恒例行事になっていた。「必要に部屋」では食べ物を生成できないので、お菓子を手動で充電することになる。普段のハジメは、このような普通の娯楽を何とも思っていないが、今日は特に、何も考えず暇つぶしができることに積極的に感謝するようになった。フユヒコと二人でお菓子を選ぶだけだ。何の変哲もない、目新しいこともない。ダンスパーティについて余計なことを考えることもなく、守護霊の補習について質問されることも――
「さっき、守護霊の話をしてたのか?」
ハジメはため息をつき、頭を下げて手に持っている砂糖羽根ペンの瓶を寂しげに見つめた。
「うまくいってねーの?」
ハジメは羽ペンを棚に戻し、考えた。フユヒコにそのことを話すのは…正直なところ、他の人と話すほど嫌なことではないんだ。
「ただ、ある程度の進歩しても、一貫して再現できなくて、イライラして、そこからすべてが崩壊してしまうんだ…」
「そりゃ困ったな」
フユヒコはペロペロ酸飴のパッケージを鑑定するように眺めた。
「でもさぁ、なぜこの呪文一つを覚えるのにこんなに真剣に取り組んでんのかがわかんねーんだな」
ハジメは苦笑いをした。
「みんなそう言うよ。ムナカタだって」
「自分のチューターにも理由を話してねーのか?」
まだ「誰にも」話してないんだ。自分でも馬鹿らしい理由だと思う。ハジメは不安そうに肩をすくめながら、一応答えた。
「自分でも認めたくないことがあるんだ」
「何だ。できねーってこと?」
フユヒコはハジメを見上げてパチクリさせた。
「何でもできるヤツなんていねーんだろ?今までそんなことで悩んだことはねーんだ」
「違うんだ…」
ハジメは躊躇って、選択肢を考えた。もちろん、「守護霊の呪文」を学びたい理由はあるが、それを笑われたり、最悪、同情されたりするのは嫌だ。同じスリザリン寮生たちの多くは前者で、他の友人たちは善意とはいえ後者だろう、という気がしている。
でも、フユヒコなら……どんな態度をとるだろうか?
ハジメは周囲を見渡し、誰にも聞かれてないことを確認すると、深呼吸をしてから一気にこぼした。
「守護霊を呼び出せるほど幸せな思い出がないなんて認めたくないんだ」
「はあぁ?」
フユヒコの表情は嘲笑でもなく、 同情でもなく、ただ困惑しているように見えた。
「嘘つけ。一つもねーわけねーんだろう?」
ハジメは少し恥ずかしそうに肩をすくめた。
「別に俺の思い出が全部『不幸』とかじゃないんだろう?決してそうじゃない。ただ…普通なんだ」
フユヒコは信じられないとばかりに、鼻で笑った。
「ほら、何かあるんじゃねーのか?ホグワーツ入学許可証が届いた時は?」
「それ思い浮かべてみたけど、当時は何より戸惑った。っていうか、コマルがゴミ箱で手紙を見つかるまでイタズラだと思ってたし…」
「入学許可証を投げ捨てたの!?」
ハジメは憤慨して顔を紅潮させた。
「イタズラだと思ったって言ったんだろう!」
「いやだーって…」
フユヒコは口元をからかうようなな笑いを浮かべて、言葉を濁した。
「じゃあ他には?ガキの頃に楽しんだあのマグルのスポーツ、何かいい思い出がねーのか?」
「サッカー?特にないな……」
「初めて食べた正真正銘のカンノーロは?」
「それって、『思い出』をお前のことにしようとしてるんだろう?」
フユヒコは軽妙な言い回しで答えようと口を開いたが、また閉じ、不確かに口元を歪めて読めない感情が入り混じったような表情に見せた。
「ち、ちげーよ?なんでオレがそんなこと…」
呟きは聞き取れないほど小さくなって視線を通らしたが、ハジメが身を乗り出して聞こうとした瞬間、フユヒコは再び背筋を伸ばし、いつもよりほんの少し頬を赤くしてもはっきりとした口調に戻った。
「まあ、そんな問題なら、簡単に解決できるじゃねーか」
ハジメは眉をひそめて友達を見た。
「どういうこと?」
フユヒコはニヤリと笑った。
「幸せな思い出を作ればいいんだろう?」
「作る……?」
ハジメは呆気にとられた。
「何言ってんだ?そんな無機的に幸せな思い出を作れるわけが……」
「あるだろ?人生で一番幸せな日は結婚式だってよく聞くだし、あんなのクソほど計画されてんだよ」
「はあ…」
ハジメは、結婚式はちょっと違うような気がしているが、反論する言葉が見つからなかった。
「いや、やってみようかな?少なくとも、やってみる価値はあると思う…」
「おう!」
フユヒコはきっぱりと手を打った。
「じゃあ、今日はオメーの今までの最高の日にするんだ!」
「待てよ、今日?!」
「ああ、文句あんの?週末だし、一日中遊べるぞ」
悪魔のような笑みでハジメを見上げた。
「覚悟しろよ。今日は王様のように扱ってやるからな」
ハジメは全身が温かくなり、耳の先まで赤くなるのを感じ、呼吸を忘れないように冬彦の明るい視線から目を逸らさなければならなかった。
「だって…なんで今日なの?特別な日でもなんでもないんだ。なんか変じゃない?」
フユヒコは呆れたように手を振った。
「じゃあ遅れた誕生日の祝いにしよう。テメーが学校の休みの間に生まれることを決めたから当日は会えなかったろ?」
「いろんな意味で無茶な表現だ、それ…」
「気にすんな、気楽に遊ぼうか。いい?」
フユヒコのニヤニヤした顔に向けられて、ハジメはため息をついた。結局のところ、断る理由もないのだろう。
「わかった、やろうか」
「おう。じゃあここは急いで終わらせよう」
フユヒコはハジメが決めたお菓子の数々に首を傾げた。
「それ、買ってあげよーか?」
顔を赤らめながら、ハジメは持っている大鍋ケーキや杖型甘草あめを強く握りしめた。
「いや、自分で買うよ…?」