憧れに戻して 先輩と、目が合った。先輩もアタシの視線に気付いたのか、小さく微笑み返してくれる。それだけで、胸が高鳴る。その一瞬だけで、何回でも笑顔になれる。魔法にかかったみたいに、幸せで。気付けば、先輩のことを追いかけている自分がいた。漫画の中で知った、恋と同じだと気付くのに時間はかからなかった。
(なんかこうドーベルちゃんの片思いアプローチ未満のあれこれを脳内に差し込んでください)
先輩と、目が合う回数が増えた。
素直に嬉しかった。
初めて、先輩から遊びに誘われた。何か理由のある買い出しとかじゃなく、アタシと一緒に遊びに行きたいなんて、言ってくれて。緻密に組まれたプランに、どこかよそよそしい先輩の態度が可愛くて、すごく楽しかった。
……先輩の、アタシに対する態度が以前と変わったと感じたのは、この頃からだった。
「ドーベル。明日の放課後、空いているか?」
2週間に一度の定期トレーニング。その終わりの時間に、先輩からそう聞かれた。
「……えっと、特に予定はないです。どうしてですか?」
「いや……また2人でトレーニングできれば、と思ってな」
「……?はい、アタシは大丈夫です、けど」
少し返答に困ったのは、こんな提案をされるのが初めてだったから。先輩は生徒会業務に、他の後輩たちのトレーニングに、はたまたお説教に……いつだって駆け回っているのに。アタシと予定以外のトレーニングって。
なんで、アタシと……?
普段の先輩なら、そんなことは絶対しないはずなのに。どこか、胸に違和感が残る。
翌日、先輩とのトレーニング。いつも通りの内容に、普段と変わらない先輩のように抱いていた違和感はいつの間にか消えていた。
「ドーベル、お疲れ様」
「……はぁっ、先輩、ありがとうございました……っ」
「昨日に比べてタイムも少し伸びている。よく頑張ったな」
「先輩のおかげで……え?」
先輩の手が、アタシの頭に触れていた。初めてのことだ、それに、誰にやってるのも見たことない。アタシだけ、特別。
少女漫画で憧れていたシチュエーションだった。でも、この気持ちは違う。……なぜか、触らないでと、思った。
それから、だんだんと先輩のことを避けるようになった。
――気持ち悪い。
アタシに向けられている視線が、他の子達とは違うことが分かる。
アタシに向けられる言葉が、気遣いが、浅ましいものに思えて仕方ない。
違う、おかしい。そんな訳ない。だって嬉しいはずなのに。大好きで、憧れていた先輩と、きっと両思いになれている。そのはずなのに。
「……っ、なんで……」
苦しい、いっそもう、死んでしまえたら。ただそんな思いが涙になって溢れる。もうしばらく、1人の時は何も出来ずに、こうやってベッドにうずくまって過ごすようになった。
本気で好きだったのに。先輩と付き合えたらって、その先のありもしない未来だって想像して。
アタシじゃ先輩に見合わないからとか、そんな聞こえの良い理由じゃない。ただ、気持ち悪いから。自分が嫌だと思うからなんて言う、どこまでも自分本位で、最悪な理由。
結局、1週間前にもらったメッセージは開けないままで。放課後も逃げるように部屋に戻って。
「ごめんなさい、先輩……」
アタシなんかが好きになって、アタシなんかを好きになってもらって、ごめんなさい。
神様、どうか願いが叶うなら。ただ憧れるだけだったあの日々を、何より幸せだったただの後輩のアタシを、返して下さい。