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    とらきち

    @torakitilily

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    とらきち

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    倒錯と失策

     手を繋がせるつもりなんて、なかった。
     ただ子供の戯れみたいな好きが、まさか本気にされるなんて思ってなくて。

     家に上げるつもりなんて、なかった。
     時間が流れて、景色が変わっていくように。あなたの気持ちだって、もうとっくに変わっていたと思っていたの。
     だけど全部、全部。あたしが目を背けて、逃げ続けていただけで。自分の考えが間違っていたと理解するのには、1秒にも満たない僅かな時間で十分だった。

     深い紫の瞳は、じっとあたしを見つめたまま。組まれた指はベッドに抑えられて、到底逃げる隙など与えられていない。けれど、その先の行為を許す最後の言葉だけが、あたしに委ねられている。

     ――これ以上、許してはいけない。このまま彼女の好きにさせたら、もう戻れない。取り返しのつかないことになると、分かっている。

    「なぁ、マルゼンスキー。君の気持ちを知りたい」

     分かっているのに。指から伝わる体温が、首筋にかかる吐息が、あたしの思考をぐらつかせる。

    「……もう、揶揄わないでルドルフ。あなたの気持ちは、本当にあの日からまだ変わっていないの?」

     その質問は、ほんの少しの時間稼ぎにしかならないけれど、口に出さずにはいられなかった。いつもの声の調子で、余裕のある笑顔で誤魔化せば、きっと切り抜けられるなんて期待していた。でも彼女は、そんなあたしの本心を見透かしたように、にこりと笑う。

    「当然、私はあの日からずっと、変わっていないよ。むしろ、君に益々夢中になっている。……君は、どうかな?」

     首を縦に動かして、たった一言、肯定の返事を返すこと。それが一番簡単で、すぐに楽になれる方法だ。けど、今この雰囲気に流されて、本心を曝してしまえば、あたしがここまで、壊したくなくて守ってきたものが全て、バラバラに崩れてしまう。

    「君はいつか言ったな、我慢できずに欲しいと思うまで、私に追いかけてくれと。……さて、どうかな。そろそろ頃合いだと思うのだが」

    『どんな想いの形も、永遠ではないものよ?』
     いつかルドルフにかけた言葉が、今度は自分の頭の中で響く。
     だって、あなたが抱いていたそれは、恋とは違うはずで、いつしか消えていくのだと思っていたのに。……ねえ、どうしてまだ真っ直ぐに、あたしのことを見つめて。どうして、本当の自分まで見透かされているような気がしてならないのだろうか。

     確かあの日も今日みたいに、放課後になって突然、ルドルフに外出に誘われたのだ。それが珍しくて心配だったのと……少しだけ、嬉しかったのと。だから二つ返事で答えて、日が沈む頃、校門を出た。桜の花がちょうど散り始める、3月の終わり頃だった。
     夜の公園を2人きりで歩いて、他愛のない話の後に、いくつかの悩み事を聞いたりした。ちょっとばかり、おセンチになる季節だし、気にかけてはいたのだけれど。毎日忙しそうにしていたから、声をかけられずにいたのだ。だから、こうやって話を聞けて一安心のはずが、彼女の表情は未だ曇ったままだった。

    「どうしたの。まだ何か、悩み事?」
    「……いや、悩みは、もうないよ」

     悩みは、という言い方から、はまだ言いにくいことはありそうだと苦笑いをする。けれど、無理矢理言わせるのもはばかられるし、残された時間も、どうにも長くはなさそうだ。

    「ね、そろそろ門限でしょ?帰らなくて大丈夫なの?」
    「……ああ、そうだな」

     一言返して、ふとルドルフは足を止める。あたしがその隣に並ぶと、彼女は視線を少し先に向け、隅のベンチを顎で示した。

    「まだ、少し話し足りないんだ。駄目かな?」
    「もう、新しい生徒会長さんがそんな風じゃ、新入生の皆も困っちゃうわよ」
    「君がいつもの通り飛ばしてくれるなら、まだ時間は問題ない、だろう?」

     子供っぽい笑顔を見せられたら、到底断れる訳がないと分かっていると思うのだけど。あたしは彼女の思惑通り、その提案に頷くことになってしまった。

    「自覚はしているんだ。私はこの時期になると、どうにも弱くなるのだと」
    「……ええ、知っているわ。だってあなた、まるで何かから逃げるみたいに、わざと忙しくしてるでしょ?」

     あたしの呆れたような言い方に、彼女は目を見開いて、ぱちりと大きく瞬きをした。

    「ははっ、まさか、お見通しだったとは。さすがだな」
    「おかげで、全然話しかけるタイミングなかったんだから」

     ルドルフは眉を下げて、申し訳なさそうな表情を作る。あたしはそれに首を振って笑って、続きを促すように、小さく頷いた。

    「新しい季節が近づいている。誰もが新世代の誕生に心を震わせる。けれどその分、潰える思いも数えきれない。……少しばかり、目を逸らしたくなってしまった。情けない話だが」
    「そんなこと、ないわよ」
    「ただ、何。少しばかり逃げた結果、気づいた思いがあるんだ」
    「気づいた思い?」

    「マルゼンスキー、私は、君が好きなのだと思う」

     ぽつりと音になったその呟きは、ふわりと闇を漂って、不思議なくらいすんなりと自分の胸の中に入ってくる。

    「君と話していると自分が自分でいられるような気がして、落ち着くんだ。なんでも話したくなるし、君のことは、なんでも知りたくなる。……なあマルゼンスキー、もし君が同じ気持ちなら——」
    「そう、嬉しいわ。ありがとう、ルドルフ」
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