大好きのおまじないday2の大好きのタカラバコの前奏で、下手から登場するルドルフ役の田所さんが、途中でめちゃくちゃニコニコになるシーンがあったんですね。(配信だと3時間12分40秒くらいから)
カメラには映ってないんだけど、視線と状況的に、上手から出てくるマルゼン役のLynnさんと目があって、笑ったのかと思って。(てかそうだったらいいなっていう幻覚なんですけど)
これを前提に、ルドマルが同じような状況で、マルゼンがルドルフを笑わせるような仕草をしていたらいいなというところから生まれた話です。
まあ最終的には、田所さんがとにかく可愛くて、あの面子でのタカラバコも強すぎたのでアーカイブ見てみてっていうとこに繋がるんですが。自分はすでにそこだけ10回以上見ました。
(キャプション終わり)
「あたしに、ファンサービスを教えてほしい?」
数日後に控えたライブのレッスンを終えて、ルドルフからかけられたのは、そんな言葉。また難しいこと考えてるなんて、揶揄いたくなる気持ちは一旦飲み込んで、話の続きを促した。
「突然、どうしたの?」
「前にも言ったことがあるが、君は場を盛り上げるのが上手い。この間だって、ほら。あの頑張るとロボット掃除機をかけたダジャレで、会場を沸かせていただろう」
「……えっ、もしかしてガンバルンバのこと?違うわよ、あれは掃除機じゃなくて……」
説明に迷った末の、少しの空白の後。結局、ため息と一緒に頭を振った。ウケが悪かったのって、ちゃんと伝わってなかったからかしらとか、聞きたいことは沢山あるけれど。このままだと、彼女とダジャレを考える流れになりかねない。
「えっと……ルドルフのパフォーマンスに、不足があるとはあまり感じないわよ?」
「いや、どうにもライブでの煽りや、トークは苦手でな。それに、後輩たちだけでなく、ファンの皆も……距離が遠いような気がしてならないのだ」
「それはあなたの個性で、決して気にするようなことじゃ……」
色々と思い違いをしていそうな様子に、フォローの言葉をかけようとして、未だ垂れ下がる耳と尻尾に目がいった。
これはきっと、今伝えることじゃなくて、いつか彼女自身が気付くことだろう。ルドルフが何か変えたいと思って、あたしを頼ってくれているのなら、ちゃんと答えてあげるのが友達ってものだ。
「……ええ、分かったわ」
だから、優しく微笑みを返した。あたしの声に、彼女は目を輝かせて顔を上げる。
思えば、こう言う無邪気な表情は、レッスン中も、舞台の上でも見たことがない。もしかしたら、ううん、間違いなく。自然な笑顔はギャップ萌え…?みたいな感じで、皆の心を奪ってしまうはずだ。
「そうね……。パフォーマンス中のあなたは、表情が固いのよね〜」
「……なるほど、表情か」
「ほらほら、それよ!ファンのみんなのためのライブなんだから、難しいことは考えずに、笑顔でいればいいんじゃない?」
顎に手を当て、すっかり眉間に皺を寄せてしまった彼女を茶化しながら、あたしもしばし考える。
「うーん……winning the soulにSEVEN、このあたりは、かっこいいあなたの得意分野だろうから……」
ペラペラと行程表をめくって、セットリストを確認する。上から下へと滑らせていく指先は、とある曲の上で止まった。
「大好きのタカラバコ」。あたしと、ルドルフと、クリスエスちゃんで歌う予定の曲。
「いいこと思いついた!ちょうど、あたしたちが一緒に歌う曲があるでしょ?大好きのタカラバコ!」
「ああ。可愛らしく、楽しい曲だな」
「大好きって歌詞も沢山で、ファンの皆に思いを伝えるにはピッタリ!」
「……それで、私はどうすれば?」
「何もしなくていいわよ。ふふっ、お姉さんに任せて!」
あたしのウィンクに、ルドルフは丸くした目をぱちぱちと瞬きして答える。
その反応も、何気ない時に見せる笑顔も。特別なことなんてしなくてもとびきり可愛いって知ってるんだから。あたしは彼女の緊張を解いて、おまじない程度に元気づけてあげられれば、それでいいのだ。
◇
「ね、ルドルフ。歌が始まる前、あたしのこと見ててね?」
「マルゼン――」
「あら、おしゃべりしてる時間はないわよ。クリスエスちゃんも、一緒に頑張りましょうね!」
控室での最終確認を終えて、別れ際の2人に手を振る。登場は、あたしが上手から、ルドルフとクリスエスちゃんが下手から。
結局、相談を受けてから彼女にかけたのは、最後のあの一言だけだ。さすがに、何も言わなすぎかしら、とも思うけれど。……きっと心配はいらない。だって――。
「マルゼンスキーさん」
「……ええ、ありがと」
直前のMCが終わったようで、スタッフさんの声がかかる。大きく一度深呼吸して、マイクをぎゅっと握り直した。あたしも集中して、最高のステージを見せなきゃね。皆に、大好きを伝えるために。
軽やかなイントロに、ペンライトの光が揺れる、夢のような景色。微かに照明に照らされたステージの上を歩いてくるルドルフは、口元を固く結んで、いつもの皇帝の面持ちである。けれど約束通り、その目はしっかりとあたしを見つめていた。
……ほんと、どこまでも真面目で、かわゆいんだから。自然と緩む口元に右手を添えて、ぎゅっと引き上げた。
「わ ら っ て」
口パクで、そう伝える。本当に簡単な、特別な工夫のないおまじない。その言葉が伝わったのかさえ分からない、けれど。
一瞬目を見開いたルドルフは、呆れたように、でも、最高に可愛い笑顔を見せてくれた。それにつられて、あたしもまたちゃんとした顔に戻せなくて、一瞬顔を背ける。
ほらね、ルドルフ。心配しなくても、あなたはファンの皆を夢中にさせちゃう、素敵なウマ娘ちゃんなんだから。
あたしはあなたのそんなところが、『大好き』よ。
◇
「マルゼンスキー、ありがとう。おかげで緊張がほぐれたと言うか……少々難しく考えて過ぎていたようだ」
「ふふっ、いいのよ。力になれてよかったわ!」
舞台裏で再び顔を合わせた彼女は、ぱっと瞳を輝かせて、駆け寄ってくる。パフォーマンスはもちろん大成功。横目で見ていた表情はとても柔らかで、これまでのかっこいい曲を歌うルドルフとは、違った魅力が溢れていたはずだ。
「じゃ、ルドルフ、また――」
「マルゼン、それと」
通路まで、短い会話を交わして、そこでお別れのはずだった。珍しく言葉を遮って、ルドルフが名前を呼んだから、足を止めた。
「とても可愛らしかったよ。先程の君の笑顔は。……私だけが見られたことを、誇らしく思えてしまうほどにな」
「……え、ちょっとルドルフ――」
「引き止めてすまない。君はソロの準備があるだろう?ふふっ、激マブなパフォーマンスを、楽しみにしている」
何か言い返す間も無く、あたしは小さく手を振って遠くなる背中を、見送ることしかできなかった。
「何よ。……こっちのセリフでしょ、それは」
ステージ上で高まった鼓動が、なぜか、また速くなる。そう言えば、「可愛い」なんて自分が言われることほとんどなかった。……顔がどんどん熱くなっていくのも、きっとそのせいだ。
「もう、後悔しなさいよ、ルドルフ」
届くはずのない捨て台詞を投げる。そこまで言うなら、もっと可愛いって思っちゃうような、夢中になるステージを、見せてあげるんだから。