甘い男と辛い男 「帰れ」
濃厚な気配を隠しもせず、傍若無人に事務所の扉を蹴って入ってきた男へと、ヴァンは顔を向ける事もせず言い放った。
世間はバレンタイン一色にそまったこの季節、ヴァンはPCの画面に張り付いて、限定チョコの注文に忙しい。人気店などは瞬殺なのだ。狼なぞにかまっている暇はない。
「つれないねぇ。裏解決屋」
そう言って肩をすくめたのたのだろう気配を感じながらも、ヴァンの瞳はPCへ集中していた。このクリックですべてだ。心に決めたチョコをカートに入れボタンを押そうとしたその時
「なんだ、相変わらず甘ったるいものばっか見てやがるな」
気づけば背後に立っていた男の言葉に驚いて、一瞬、そう、ほんの一瞬、クリックが遅れた。そして、その刹那の差がすべてであった。画面にはうつっていたのは
「sold out」
来年は品が変わるだろう。さようなら…今年しか味わえない大人気店のバレンタイン限定チョコレートBOX……
ヴァンは涙をこらえるように眼がしらを抑え、椅子へと深くもたれかかる。この唇へ、男が何かをおしつけた。なめらかで唇の温度でとろける感覚は、間違いなくチョコレートで、ならば傷心のヴァンにそれを拒む理由はない。甘味に罪はない。むしろ正義だ。
抑えていた手をほどき、片目を開けてみれば、濃金の髪にサングラスという厳つい男がドヤ顔でにやりと嗤う。
「甘さにも刺激は必要だろ?アークライド」
コリっと固くコーティングされていたチョコレートをかみ砕けば、中からトロリと流れ出した液体は酒の味。きっと、この男のような琥珀色をした濃くて辛いウイスキー。とはいえ、チョコとの相性は悪くなく、混ざり合ったその味は好みである。
が、それとこれとは話が別だ。
ヴァンは、グイっと傍らに立つ男の派手なシャツの襟首をつかむと、そのまま引き寄せて噛みつくように唇を押し付けて、チョコから取り出した濃厚な酒のジュレのみを男の口へとねじ込んだ。そのまま、お互いに舌を絡めあい、どちらの味も交じり合った頃、唇を離す。
「辛すぎだ馬鹿。限定チョコを逃しちまったろうが!!」
「てめぇが甘すぎるんだろ?それに……」
実際、まざっちまえば悪くなかったろ?という、その言葉には頷くしかなかった。