君が良い / レノファウ「と、この前こう言うことがあってな。レノックスのおかげでブラッドリーちゃんが喧嘩の仲裁をしてくれたのじゃ!」
「へぇ」
「レノックスはとても良い子じゃのう。主君として鼻が高いじゃろうて」
「まあ、彼が誠実で良い奴なのは間違いないけど僕の行ないとは関係無く元からだったし」
「そんなこと言って~、実は誇らしいくせに~! あ、でもあれはいかんのう」
「あれ?」
「ブラッドリーをけしかけるために我の援護をして口裏を合わせてくれていると思ったんじゃが、違かったようなんじゃ。ウインクしたらウインクで返してくれたし」
「ウインクで返してくれた…??」
「うん。天然でブラッドリーのことを褒めておだてて、我のウインクには意図も分からずに反射的に返したって」
「それで事が上手く運んだって? はは、笑えるな」
「そーそー、結果オーライってやつじゃけど、北の魔法使いを天然パワーで懐柔してしまうとはなかなか恐ろしい男じゃて。ほほほ」
***
そんな話をホワイトから聞いた夜、僕はレノックスと二人で晩酌していた。最近では割と、頻繁に、晩酌じゃなくても夜寝る前に少し話したりも……、している。
まあ、それは置いといて。ふと悪戯に僕が突然ウインクしたら返してくれるのか? という疑問が浮かんだ。もしかしたら結構酔っていたのかもしれない。
「ねえ、レノックス(パチン)」
「……っ?!」
(ウインク返してくれない…ちゃんと出来てなかった? もう一回…)
「いかがされました? 目が痛いんですか? 見せてください」
心配されてしまった。大きい手で頬を包まれて眼鏡の下から指が入ってくる。
「まつ毛やゴミは見当たらないし、赤くなったりもしていませんね…まだ痛みますか?」
「元々痛くないよ」
狼狽えるレノックスは心配と困惑が入り混じった表情だった。
「で、では……?」
「君がウインク出来るって聞いてやってみただけ」
「俺のウインクが見たかったと言う事ですか?」
「うん」
ホッと肩を撫で下ろしてもまだ困惑の色は消えない。ちゃんと座り直して僕を見つめると、パチリと片目を瞑って見せた。
いとも簡単にレノックスのウインクを見れたのだ。
「(パチッ)…こうでしょうか?」
「ふふ、うん。目が痛いかだって、…ふふふ」
「あの、ウインクお上手でした。ファンサをもらいたいという心情も何となく理解できました」
「ファンサって何」
聞き慣れない単語に首を傾げると、レノックスの首も少し傾いた。
「賢者様の世界の言葉で、好きな人に愛嬌を振り撒いてもらったり、喜ぶことを言ってもらったりすることらしいです」
「ああ、シノがよくやるやつか。ところで君、愛想笑いは出来ないのにウインクは出来るんだ」
「あ、はい。何故か出来ます(パチン)」
「ふふ、可愛い。僕もたまにファンサ頼もうかな」
「シノにですか?」
「……君にだよ」
「俺ので良いんですか」
「うん。レノのが良い」
「……はは」
そう言うとレノックスは少し照れくさそうにはにかんで背筋を正した。
組んでいた脚を解いて靴の先でレノックスのブーツを突くと、目が合って二人で笑い合う。大きな手を差し出され僕は迷わず手を差し伸べた。
指先にキスをされて気持ちが昂って顔が熱くなる。祈るように額を擦り付けて笑っているレノックスをぼーっと見つめていたら、視線に気が付いたのか顔を上げぱちりと片目を瞑って見せた。
「君って……。やっぱり中央の男なんだな」
「えっ…、今のは流石に気障ったらしかったですか?」
「うん」
「あ、はは……。お恥ずかしい」
「でも格好良かった。僕には効果抜群だったよ。風邪にも効きそう」
「あはは。だいぶ酔ってらっしゃいますか?」
「そうだね」
「……ベッドまで、お連れしましょうか」
優しい声には変わらないのに、普段より少しだけ低く響くその言葉。
前なら有無を言わさずそのままベッドに運ばれて寝かしつけられていたと思うけど、言い方ひとつでお伺いを立てられているのが分かるものなんだな。
それに、そんなつもりで晩酌に誘ったわけじゃないのに、こうして些細な戯れから始まるものなんだ。
手だけじゃなくて、体中に触れる彼の唇の感触を知ってしまった。
抱きしめ方が違うことも。
瞳の奥の熱も。
思い出して耳の奥がジン、と痺れる感覚に頬が火照る。
ああ、いよいよ。
「自分で行けるよ。……でも、レノも来て」
出来るだけ平静を装って立ち上がる。勢いよく立ち上がったものだから、くらりと立ちくらみがしてよろけるところだった。
何でもないように数歩を踏み締めてベッドの前に立つと、床の軋む音と共に後ろに気配を感じて逞しい腕に抱き締められた。
ジワジワとどちらのかもわからない熱が伝って、汗ばむ首筋に唇が触れる。
「ファウスト様……」
いつもよりもっと低い声で名前を呼ばれ、乱れる呼吸に喘いで。その頃には何を切っ掛けにこの行為が始まったのかなんて忘れてしまうほど、彼のことで頭がいっぱいになっていた。