「——また来たのか!」
坐っていた門柱の上から飛び降りて、これ以上ないほどの渋面を晒しながら子供が言う。
「やあこんにちは、お爺さん。元気そうで何よりだね」
そう爽やかに笑って返せば、ますます嫌そうに牙を剥き出す。
「お前が来ると碌なことがない! それに明王様はいま忙しいんだ。だからとっとと帰れ!」
「いや、今日は明王ではなく、君に会いにきたんだ」
しれっと言うと、虚を衝かれたような表情になって瞬いた。
「俺に?」
「そう」
「気持ち悪いな、一体なんの用だ」
「君、私のところに来ない?」
「断る」
「即決だね。ちょっとは考えたりしてくれたりはしないのかな」
「俺の欲しいものは、お前には出せない。絶対に。だから行かないし、そもそも俺が明王様を裏切ることも絶対にない」
「ふうん、絶対に?」
「絶対にだ!」
ふん、と息巻いてこちらを睨みつけてくる。ここまで敵愾心を露わにしなくてもよかろうに。良くも悪くも素直な子だ。
「それほど、君にとって明王は素晴らしい主なのかな」
「当然だ。あの方ほど仕えるに値する人はいない」
「私より?」
「だからお前はさっきから何を言っているんだ?」
「いや、惜しいな、と思ってね。私にはこの先、君が必要になるような気がするから」
「ふん」
何を根拠に、と言いたげな瞳が見上げてくる。
「お前んところには、もう一匹、そういうのが居るじゃねえか」
「玄离のことかい?」
「名前なんか知るか。——今日はあいつは呼ばないのか?」
「呼ばないよ。特に喧嘩をする理由もないしね。それとも君が会いたいのかな?」
「そんなわけあるか! ただやられっぱなしは俺の性に合わないってだけだ!」
「君がそう思っているなら、いずれ再戦の機会もあるだろうけど、それは今日じゃないよ。私はただ、君を口説きに来ただけなのだから」
「帰れ!」
「やれやれ、頑なだねえ」
仕方ない、今日のところは引き上げるとするよ、と裾を払えば、しっしと犬でも追い払うような仕草をする。
「もう来るんじゃねーぞ!」
「また来るよ」
にやりと笑って背を向ける。怒号のような悪態が、藍玉盤の移動に伴って、すっと虚空にかき消えた。
「——なんです、さっきからニヤニヤと気持ちの悪い」
ハタキを片手に、そう言って眉間に皺を寄せる。
「いやあ、やっぱりお前は働き者だと思ってね」
「嘘おっしゃい。何年貴方に仕えていると思っているのですか。それは何かよからぬことを考えている顔です」
「失礼だなあ」
「何か言いたげに人の顔をずっと見ている方が、よほど失礼だと思いますけど?」
「はは、お前の勘の良さには脱帽だね。いやね、ちょっと昔のことを思い出していただけさ」
すると思い当たることがあったのか、すっかり馴染んだ鉄面皮に心底嫌そうな渋面が浮かんだ。
懐かしい面影が二重写しになる。
——あの頃は、こんな未来を想像していたわけではないけれど。
「本当に、よく来てくれたもんだねえ」
しみじみ言うと、ますます嫌そうな顔になる。それが妙に可笑しくて、ふふっと声に出して笑うと、ぷいっと何処かに行ってしまった。
やれやれ、怒らせてしまったかな。あとで何とか機嫌を取らないと。
そう考えながら、懐かしさと巡り合わせの妙に思いを馳せ、湧き上がるくすぐったいような喜びと共に、私はひとり苦笑した。