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    桜道明寺

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    桜道明寺

    DONE藍渓鎮108話ネタバレ。
    建城 開け放しの窓から、身を切るような風が吹き込んでくる。
     戸口から、んじゃ行ってくる、という声が聞こえてくる。
    「よく学んでおいで」
     そう声をかけたが、もう出てしまったのか返事はない。
     窓の外を見る。重い雲が垂れ込めて、今にも降り出しそうだ。今年の夏は雨が多かった。そしてまだ秋の初めだと言うのに、木枯らしが吹き始めている。このままでは収穫にも影響が出るだろう。そのことに思い至って、申し訳ない気持ちになる。
     藍渓鎮に暮らす人々のために、暦通りの季節を運んでやりたい。だが雨は降り続き、それはいずれ雪になるだろう。どうしても晴れ間を生み出せない。数ヶ月前のあの日から、私の心は、ずっとこの空のように厚い雲に覆われてしまっている。空をすっきりと晴らせることができない。ここが私の霊域である以上、心に左右されるのは仕方のないことだが、私個人の鬱屈に人々を巻き込むわけにはいかない。皆には皆の生活がある。一度庇護したからには、日々の暮らしをつつがなく送らせてやらなければならない。そのことについて、私は長いこと思いを巡らせてきた。そして、ようやくその結論を出そうとしている。上手くいくかどうかは、半々といったところだ。反対する者も出るだろう。私に愛想を尽かす者も。
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    桜道明寺

    DONEOOC! OOC!
    それでも良ければ
    雅婷 きっと母は私に、美しく嫋やかな女性になって欲しかったんだと思う。そうでなければ、こんな名前など付けるはずがない。それでも、人間だった頃は、それなりに努力はしていた。女らしく生きて、いずれ年頃になったら、どこか良いところに嫁げば幸せになれると、そう言い聞かされてきたから。——いま考えれば、本当に愚かだ。結局、母の言う「女の幸せ」など、私の人生の何処にもなかった。ひとひらの雪、雨の一粒さえも。明王には、本当に感謝をしている。私を蘇らせてくれて、新しい生き方をくれて——力をつけて、強くなることが生きる目標になるだなどと、最初のうちは考えもしなかったけれど、いまではそれも悪くないと思っている。死ぬ前に漠然と夢見ていた「女の幸せ」とはまるで違ってしまったけれど、いざこうなってみると、結局私には、その生き方は向いてなかったと分かる。目を閉じて、再び開いた時、私は既に普通の女ではなく、異界に属する身となっていた。そして自ら望んで命を狩る者となった。それは新たな喜びだった。血に濡れた手で、汚らしい男どもの魂を喉に押し込む時、私はこの上なく幸福になれる。それは、心の底まで死霊に成り果ててしまったと言う証左なのかも知れないが、一向に構うものか。命を狩って、喰って、糧にする。人が家畜を殺して食うのと、一体何が違う? 自らが生き長らえるために他者を喰らう。今度は、そこに意義が加わった。他者に仇なす魂を狩ると言う意義が。私が獲物の前に立つ時、奴らは必ず命乞いをした。聞く耳? 持つはずがない。逆に、お前たちはその命乞いを聞いたことがあるのか? と尋ねたくさえある。因果応報を受け入れられない愚かな男ども。そうではなかったからこそ、私が現れたと言うのに。私が最初に狩った男もそうだった。私の顔を一目見て怯え、許しを請うて地に頭を擦り付けた。私はそれを冷ややかな気持ちで見下ろしていた。こんな男に私は殺されたのか。こんな矮小で、保身ばかり考えている浅慮な男に。躊躇いなく心臓を一突きし、引き千切るようにして魂をえぐり出しても、心はそよとも動かなかった。復讐を果たしたというのに、感動も、充足も、なかった。ただ、枯野にひとり、立っているような清々しさがあった。あの瞬間、たしかに私は、私の魂を自らの手で救ったのだ。
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    桜道明寺

    DONE羅小黒戦記ワンライまとめ・7
    【七刀】【傘】

     ばたばたばたばた、と頭上で油紙が鳴っている。
     夏の雨は容赦がない。一粒一粒が重みを持って礫のごとく打ち付けてくる。
     肩にかけた傘の柄を傾け、前方から吹き込む雨を凌ぐ。そうしても足元や片袖は水を吸って色濃く重くなっていく。
     ――やっぱりもう少し居れば良かったか。
     出先で、昼を食おうと店に入った。飯を食っている間にどんどん空模様が怪しくなり、遂には雷鳴も伴うような雨が降り出した。雷に恐れを抱くような自分ではないから、構わず店を出ようとしたところ、給仕をしている小娘に呼び止められた。店の傘を使えと言う。見れば入り口横の傘立てに、数本同じ柄の傘が刺さっていた。それを見て得心する。最近は傘に屋号を書いたものを貸し出す店も多いと言う。宣伝になるし、また、返しにきた時にあわよくばまた客になるかもしれないからだ。普段なら断るところだが、使ってみる気になったのは、飯がまあまあ美味かったからだ。それに、好き好んでずぶ濡れになることもあるまい。雲の上まで飛んでしまえば濡れずに済むが、いまは腹ごなしにぶらぶら歩きたい気分だった。まあ、雨が止んだらその辺に棄ててしまえばいい。そんな気まぐれが幾つか重なって、俺はいま他の音をかき消すほどの雨に降り込められながら、人気のない道を歩いていた。
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    桜道明寺

    DONE七夕にふたたび巡り合う諦玄の話
    二つ星 したたか酔って、草を枕に寝転がる。
     よく晴れた宵、日中は激しく照りつけた陽も西の果てに隠れて、涼しい風が吹き抜けるようになった頃、心地よい気候に誘われるようにして、ひとり、酒を呷った。まだ生まれたての夏、鳴く虫もそう多くはなく、ジィ、という微かな声は夏草を揺らす風に流されてゆく。他に何の音もしないし、傍に誰もいない。俺は、妙に解き放たれたような心持ちになって、ぐいぐいと酒を流し込んだ。酒は弱い方じゃないけれど、それでも強い酒をふた瓷も飲めば、頭は朧になってゆく。そうして酒精に絡め取られて、目の上がぼんやりと熱くなった頃、俺は大きく息を吐き、大の字になって草の上に倒れ込んだ。
     見上げる空は雲の一片もなく、まだ夏の熱気に揺らぐ前の星々は、一粒一粒がくっきりと輝いて見えた。視界の端から端まで、遮るものなく広がる星空をずっと見ていると、だんだんと天地が逆転しているような錯覚に陥る。まるで夜空を見下ろしているような——否、そもそもこの大地は、突き詰めれば途方もなく大きな玉なのだ。そこにはきっと上も下もない。見上げているのか見下ろしているのか、そんなことは、考えるまでもなく曖昧だ。老君に連れられて、初めて月宮へ行った時のことを思い出す。あの時は、砂だらけの黒白の世界から、色鮮やかなこの世を、ただぽかんとして見上げていた。俺たちが何気なく暮らしているこの星も、ひとたび外に出てみれば、漆黒の空に浮かぶ光のひとつとなる。それがどうにも不思議で、そして遠ざかったからこそ、俺たちの暮らすこの大地が、妙に愛しく見えた。その時は、その愛しさの源は、一体なんだろうと思っていたけれど、今にして思えば、それは、笑ってしまうほど単純な理由だった。
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    桜道明寺

    DONE以前タイトルリクエストで書いた二狗です
    愛の代わり 腹が減ったら飯を食うように、眠くなったら惰眠を貪るように、俺たちにとって身体を重ねるのは、ごく自然のなりゆきだった。欲を喰らい、欲を吐き出す。まるで鏡に向かい合うように、互いに相対するのはあくまで自身の欲であって、そこに個人は介在しない。それで良いとすら思っていた。情で繋がるのは柄じゃない。どれほど人の真似事をしようが一皮剝いてしまえば、俺たちは本能の赴くまま欲望を貪る獣に成り果てる。とはいえ、そうもはっきりと自身を見下していたわけではないが、そこにある理という薄皮が一枚、境を隔てているのは識っていた。抱いて抱かれて、どちらが主導権を握るかで拳が出ることもあった。ただただ粗野で頭の悪い、その場限りの交わり。時を問わず、場所を問わず、俺たちは幾度も重なりあった。牙と牙がぶつかり合い、口唇を細かく傷つける。快楽による忘我で人化が解けたこともある。最中は交わす言葉もなく、何かに追い立てられるかのように性急に身体を繋いだ。それはまるで、一瞬でも目を離せば、途端に見失ってしまう光を掴まえるような行為だった。実も何もない胡乱な関係性は、いつ崩れても不思議ではない均衡の上に成り立っている。終わりが来たならそれまで、俺も奴も心の何処かで、きっとそんな風に考えていたと思う。いずれその時が来たとしても、俺たちなら後腐れなく終わるだろうと。そしてそれは、ある意味、間違いではなかった。
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    桜道明寺

    DONE君閣のささやかな音楽会
    終わりなき夜のめでたさを ぱらん、という澄んだ音色が君閣に響き渡った。
    「懐かしいものを見つけてね」
     主が上階から持ち下ろしてきたのは、古いが趣深い琴だった。
    「昔は、手慰みに弾いたものだよ」
     子どもの短い指では、弦を繰るにも苦労する。けれども、ぱら、ぽろ、と爪弾く様子は、そんなことを感じさせないかのように自然で、心地よさそうに見えた。
    「そうだ諦聴。折角だから伴奏しないか。お前、笛ができたろう」
    「構いませんが——曲は何を」
    「適当でいいよ。どうせ、聴くものなど誰もいない」
    「わかりました」
     棚から愛用の笛を手に取って、軽く音を合わせる。スッと一つ息を吸って、唄口に向かい、細く長く息を吹きかけた。
     高く妙なる調べが、静まり返った夜気を鮮やかに切り裂く。一拍遅れて、七色の旋律が、色とりどりの衣を纏った乙女のように、それに寄り添う。軽やかに、踊るように音が跳ね、艶めき、ふたつの流れがひとつに纒まり、淀みなく流れていく。音楽という川面にきらめく魚のように、美しいものを垣間見たような、それでいて指先をすり抜けていくような一瞬の儚さ、互いに互いの存在をもって呼応する、その心地よさに、しばし身を任せた。
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