Road to party 事の起こりは数日前。いつものメンバーが揃うボイスチャットで小黑が発した一言だった。
「龍游の会館で今度ハロウィンパーティがあるんだって」
それが起爆剤となり、会話は瞬く間に盛り上がった。そのトピックがどれほどメンバーの心を掴んだのかと言うと、参加が確定していないうちから既に各人の仮装内容および衣装の買い出し日程まで、ひととおり決まってしまったほどだった。
「ま、最悪参加できなくても大丈夫。これ着て色んなところに突撃するから!」
山新が意気揚々とあげた候補地のひとつが君閣だったので、さすがにそれは……と若干引いた阿根が今日、老君に確認するための通話を開いた。そして話は現在に至る。
「良いんじゃない? でもせっかくなら龍游の方に行っといでよ。あそこはハロウィン毎年やってて、私はホームページの写真でしか見たことないけど、なかなか派手で見応えあるらしいよ〜。お菓子もどっさり用意されてるみたいだし、なんなら私も一緒に行きたいくらいだ」
そう言って画面の向こうで身悶えする。既にいい年どころか、もらう側の資格すら幾星霜の彼方に置いてきたような大人が、本気で悔しがっているのがおかしい。
君たちさえ良ければ私から連絡入れとくよ、と会館のトップから直接許可をもらえたのは朗報だが、それでもまだ懸念は残る。
「けど俺のこと知ってる奴なんて、あそこにはもうほとんど居ないだろ。せいぜい潘靖くらいなもんじゃないか?」
会館に所属している妖精は基本友好的とは言え、念のため警戒するに越したことはない。特にこっちは幼い子供連れだ。自分達のテリトリーに侵入した余所者に対して害意を抱く輩に絡まれないとも限らない。とっくに隠居したとは言え、そんじょそこらの奴に負ける気はしないが、せっかく皆が楽しみにしているイベントだ。できるなら無用なトラブルは避けたい。
そう心配する俺に老君は至極あっさりと答えた。
「なら諦聴を同行させるよ。彼なら文句なしに有名人だし顔パスだし」
後ろから「え」とか「は?」とか「老君、ちょっと待っ」とか聞こえてきたが、「じゃ当日。皆にもよろしく〜」と言ったきり、回線はぷつりと切れてしまった。
微妙な沈黙。ホーム画面に切り替わったタブレットから顔を上げて、阿根が力なく笑う。
「諦聴ってさぁ……偉い人のはずなのに、時々すっごく不憫だよねぇ……」
「だな……」
何はともあれ参加の許可は取り付けた。阿根はグループチャットを開くとメンバーにその旨を伝え、その瞬間、画面には喜びのコメントやスタンプが怒涛のように流れたのだった。
そして迎えた当日。
俺は引率の教師よろしく仮装した子供らを連れ、会館が所有する古い雑居ビルの裏口をくぐった。階段を上り、廊下に並ぶいくつかのドアのひとつを開けて中に入る。
「ここが入口? 何もないけど」
家具ひとつない、がらんとした部屋を見回しながら、キョンシー姿の小白が言う。
「ぱっと見すぐ分かったり、使えたりしちゃ困るからな。ほら、そこのポスターが貼ってある壁が転送門。このビルはハブ駅みたいに各部屋で行き先が分かれてて、ここは龍游直通だ」
指を差しながら説明すると、
「え、ここって私とパパがよく買い物する店の近くじゃん。こっから直にあっちこっち行けるの? なにそれ超便利! これからもちょくちょく利用していい?」
「いやいやダメダメ」
小粋な魔女に扮した山新が身を乗り出し、顔に傷メイクを施したフランケンシュタインの阿根が慌てて止めに入った。
それを見て、ははは、と笑っている小黑は吸血鬼のつもりなのかシルクハットを被り、自前の黒い羽をぱたぱたと羽ばたかせている。この姿で街中を突っ切って来たのだが、時期が違えば大問題になっていただろう。
広い部屋の真ん中に集合した可愛い魔物達が、わいわいと話に花を咲かせる。
「最初は仮装して歩くの、ちょっと恥ずかしいかも……と思ってたけど、意外と街中で仮装してる人、多かったね」
「すっかりイベントとして認知された感じだね。とはいえ普段田舎に引っ込んでると、直に見る機会はあまりないけど」
「コスプレして堂々と街を歩けるっていいわー。ね、来年もまたこのメンバーで集まらない? そしたら私、次はイチから衣装作るわ! あ、小黑にも小皇とお揃いで服、作ったげよっか?」
「いや、僕はいい、要らない」
「おーい、そろそろ行くぞー」
放って置けば永遠にその場で喋っていそうなフレンズに声を掛けると、はーい、と鳥の雛みたいに揃ってこちらにやってきた。
壁の前に立ち、行儀よく並んだ小さな頭を見下ろしながら説明する。
「じゃあ、順番に一人ずつな。最初は小黑、お前が先に行ってあっちの様子を一応確かめてといてくれ」
「分かった」
こくんと頷くと、慣れた様子でスッと壁の中へ消える。
「わっ! 本当に居なくなった」
「ワープポイントとかゲームの中じゃわりかし普通だけど、実際に見るとびっくりするわねー」
「はは。——あ、小黑からチャットが来た。入って大丈夫だって。じゃあ次、小白」
阿根に促され、小白がおそるおそる壁に向かって手を伸ばす。水面に沈むように、指先が何の抵抗もなく白い壁の向こうに消えていく。
小白が無事向こうに辿り着いたと言う知らせを受け、山新、阿根、俺の順で転送門をくぐる。通り抜けた先は霊域にも似た白い部屋だ。空中に浮かぶ地図のひとつに、現在地のマークが表示されている。
着いた場所が間違いなく龍游であることを確認し、阿根達と合流しようと振り向いた瞬間、目の前に大男が現れたからぎょっとした。
「わっ!」
「——あ」
激突寸前で身を反らす。普段の服装に犬耳(狼?)を生やした諦聴が、俺のすぐ近くにつっ立っていた
「っぶねー。なんだ、お前も今着いたのか? 会館の奴らに先に根回しとかしとかなくて大丈夫なのか?」
心配して尋ねる俺に諦聴が鷹揚に頷く。
「館長経由で主要なスタッフには既に話は通っているし、仮装していれば妖精との見分けもそう簡単にはつくまい。傍には私も居るし、そう過剰に心配することもないだろう」
「まあ、お前がそう言うなら——っつか、なんだその犬耳?」
今更気づいたかのように、ああ、と頭に手をやる。
「老君に着けられた。最初は拒否したんだが、これを着けなければ参加資格がないと言われたのでな。ちなみにお前の分も用意してあるから、今ここで着けて行け」
大真面目な顔で言いながら、犬耳がついた色違いのカチューシャを差し出す。
それ多分嘘だぞ、と思いつつ、真実を告げたら怒り狂って君閣へ帰ってしまう恐れがあったため、大人しく受け取って犬耳を装着した。
「——よし」
俺の姿を見て納得したように頷き、では行くか、と言いつつ胸元から方寸盒を取り出したから思わず二度見した。
「ちょっと待て、まさかお前もらう側のつもりでいるのか」
慌てる俺に諦聴が眉をひそめる。
「老君の言う『よろしく』とは、そういう意味ではないのか?」
「いやいやいやいや、絶対違うだろ! いや俺もあいつのことは未だに良く分からんが! 流石に止めとけ、お前の図体でそれやったら相手が引く。菓子が欲しけりゃ俺が後で買ってやるから」
「そうか、なら良い」
そう言って素直に方寸盒をしまったからホッとした。て言うか方寸盒って! ゲストの小白たちですら手籠レベルなのに、どれだけ菓子を持ち帰るつもりでいたんだ。
「ねー! ちょっとお兄さん達まだぁ」
部屋の出口に集まった一団の中から、山新が声を張り上げる。その姿はやる気に満ち溢れていて、狩り場へと赴くハンターのような風格すら漂わせている。
「ああすまん、今行く」
そちらへ向かって駆け出そうとしたとき、片手をふいに掴まれた。
「? なんだ?」
俺の手を掴みながら、「忘れていた」と、もう片方の手で胸元を探る。そこから取り出されたものを見て、俺は瞬時に顔を引きつらせた。
指先にぶら下がる、二枚の布マスク。その表面には漫画的なタッチで犬の鼻面が大きく描かれていた。
「老君が、これも着けろと」
……嫌だーーーーーーーー
そう即座に断ることができたら、どれほど良かったことか。
俺は顔を歪めて後ずさる。嫌だ。絶対に着けたくない。だがここで諦聴が真実を知ってしまえば、老君をガチで詰めるため超速で君閣へ引き返すかも知れない。
「どうしたの? 早く行こうよー!」
背後で山新が急かす。前門の諦聴、後門の山新。進退窮まるとは正にこのことだ。
諦聴が無言のまま、マスクをずいっと突き出してくる。
俺達の間に重い沈黙と鋭い緊張が走る。
困り果てた耳に、どこからともなく爆笑する老君のけたたましい声が聞こえてくるような気がした。