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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    弁護士💚と警察官💜のバレンタイン現パロ

    「この度は本当にありがとうございました。色々ありましたけれど、無事接見禁止と親権も取れましたし、これで安心して暮らせます。それで——なんですけれど、これ、僅かばかりの気持ちです。よろしければ召し上がってください」
     そう言って依頼人から手渡されたのは、私でも名を知っている高級チョコレート店の紙袋だった。
     あくまでも仕事なので、そこまで大したことはしていない。だが依頼解決後の贈答品は、この業界ではよくあることなので、ありがたく受け取ることにした。
     しかし。
    「……多いな」
     相談スペースから依頼人を見送って自分のデスクに戻り、改めて袋の中を見てみると、おそらく二段重ねになっているであろう厚さの箱が、焦げ茶色のシックなラッピングと金のリボンに包まれて入っている。意外と持ち重りもするので、内容量はそこそこ多そうだ。一人で食べるには若干持て余しそうなそれを目の前にして、さてどうするか、と考える。
     私が所属しているのは、TVCMもしているような大手の弁護士事務所だ。なので働いている人数もそれなりに多い。事務所の奥には共有の休憩スペースが設けられているので、そこに置いておけば、甘いもの好きな同僚やパラリーガルの女性達が喜ぶだろうとも思ったが、ふと、そういえばこの間の礼をしていなかったな、との考えが浮かんだ。
     私には珍しいことだが、先月、体調を崩した。酷い風邪を引きこんで、一人暮らしのマンションで寝ていたら、それを知ったお節介な昔馴染みが救援物資を持って押しかけてきた。
    「とりあえず栄養な。お前は飯をおろそかにし過ぎるんだよ」
     ベッドサイドに並んだハイポトニック飲料のペットボトルや、エナジージェルの類を呆れた目で見ながら、台所借りるぞ、と言って、片手に下げたトートバッグを軽く持ち上げる。電子レンジが立て続けに鳴って、食器棚が開閉する音、器具がかちんと合わさる音、それに伴い、動き回っているであろう足音——そんなものを聞くともなしに聞きながらうとうとしていると、「できたぞ」と一声かけて奴が部屋に戻ってきた。
     ベッドサイドテーブルのあれこれを片手でざっと端に寄せて、食事の載った盆を置く。そこには作りたてのように湯気を上げる鶏粥と、数種の小鉢が行儀良く収まっていた。
    「デザートもあるぞ。杏の砂糖煮。冷蔵庫にあるから、後で持ってきてやるよ」
     食えるか? との問いに無言で頷いて身体を起こす。ベッドの端に腰掛けて、匙を手に取り、ひと掬い、熱い粥を口に運ぶ。塩気の効いた鶏の出汁が、汗をかいた身体に染みとおるようだった。
    「……美味いな」
    「だろ?」
    「いばるな。お前の手柄じゃないだろう」
     こいつの弟は料理が上手い。レトルトでないなら、これはその手製だろう。
    「でも持ってきたのは俺だしー」
     しれっと言って、椅子の背もたれを抱え込むようにして座る。
    「うち秘伝のレシピだ、風邪くらいすぐに吹き飛ぶぜ。結構多めに作ってきたから、残りはその都度温めて食いな」
    「ああ。……阿根に礼を言っておいてくれ」
    「お前が寝込んだって言ったら、すぐ台所に立ったぞ、あいつ。我が弟ながら、よく分かってんなあ」
     持ってきた食材をしまうために冷蔵庫を見たなら、今現在の食糧事情も把握済みだろう。何を言っても藪蛇でしかないから、黙っていることにする。
     黙々と匙を動かし、合間に惣菜を挟んでいるうちに、いつの間にか全ての器が空になっていた。食欲らしい食欲など、ここ数日消え失せていたから、これには自分でも驚いた。
    「もっと食う?」
    「いや、もういい」
    「あっそ。デザートは? 食える?」
    「ああ」
    「じゃあ持ってきてやるから、ちょっと待ってな。それと、その間に汗拭いて着替えとけ。この粥、結構生姜効いてるから、また後で汗かくぞ」
     そう言って盆を手に立ち上がる。普段はふざけているくせに、こういう時だけ保護者面をする、その自然な振る舞いに、ああ、そういえばこいつは一応年上だったな、と忘れかけていた事実を思い出した。


     そんなこともあって、借りを作りっぱなしにするのも嫌なので、就業後に奴の自宅を訪れることにした。ちなみに、差し入れの食物は全てタッパーから我が家の食器に入れ替えられていたので、返す手間はない。
     幸い定時で帰ることが出来たので、暇を告げて職場を出る。乗り慣れた電車に乗ってしばし、自宅の最寄りを通り過ぎ、数駅先のホームに降り立つ。夕焼けと群青の境に立つクレーンの遠いシルエットが、まるで寂しいキリンのようだと思いながら、知った道を歩く。奴の家は二人暮らしで、古い四戸建てアパートの二階にある。実家は別の街にあり、今は祖父が一人で暮らしているのは、元隣人だから知っている。実家から離れたこの街で、兄は警察官、弟は大学生、男二人で結構上手くやっているようだ。とはいえ、大部分は弟の努力と優秀さの賜物だが、基本的に兄弟仲は良いので問題はないらしい。
     兄弟どちらも時間が不規則な生活をしているので、訪ねたところで留守に当たる可能性は高い。まあ居なかったら袋ごとドアノブに下げて、後で一言メールでも送ろう。そう考えて、最後の路地を曲がった時、思いもしなかった光景が目に飛び込んできた。
     今まさに目指しているアパート、その外階段前に、一組の男女が立っている。男の方は、ひと目で奴だと分かったが、女の方が分からない。すわ逢い引きかと、思わず即座に身を隠す。角から覗き見るに、二人は相当に親しいようだった。根拠なく独り者だと思っていたぶん驚いたが、それ以上に問題だったのは、その女性が制服を着ていたことだ。
     ——青少年保護育成条例違反……!
     頭の中に条文と判例がぐるぐる回る。よりにもよって、取り締まる側が一体何をしているんだ。現役警察官が女子高校生とみだらな行為。ニュースのテロップが頭に浮かんで目眩がする。静かにパニックを起こしている私をよそに、その女性は笑いながら気軽に肩や腕に触れたりしている。奴もまんざらではないらしく、笑って応えているが、いやいや、こんな往来で誰かに見られでもしたらどうする。頼むからそれ以上の接触行為には発展しないでくれと祈るような思いで見ていると、女性が鞄から巾着状にラッピングされた包みを取り出し、奴に手渡した。それで私はようやく、今日がいわゆるバレンタインデーであることを思い出した。
     身体的接触を伴う親密な行動。好意を基にした物品の授受。偶然とはいえ、ほぼ決定的瞬間を目の当たりにしてしまった。終わった。受任はしたくない。
     頭上で暮れゆく空のように、みるみる絶望に染まってゆく私をよそに、二人はややじゃれ合ったのち、互いに手を振って別れた。女性がこちらに向かって歩いてくるのを見て、慌ててスマホを取り出し、通話をしているふりをする。そのまま何食わぬ顔でやり過ごすと、女性は私の前を通り過ぎ、星々が瞬き始めた住宅街の影に消えていった。溌剌とした印象の可愛らしい少女だった。
     ほっと息を吐き、改めて顔を覗かせると、奴はまだそこにいた。スマホを手に何か入力しているらしく、液晶に照らされた顔が、穏やかに緩んでいる。今の少女に宛てたメールでも送っているのだろうか。そう考えて、若干イラッとする。人の気も知らずに呑気なものだ。一瞬、このまま帰ってしまおうかとも思ったが、せっかくここまで来たのだし、手土産を持って帰るのも虚しい。そもそもこれは奴だけでなく、奴の弟に対する礼でもある。とりあえず、いま見たものは一旦忘れようと思い直して曲がり角を出た。
    「——あれ、諦聴? どした?」
     私の気配に気づいた奴が顔を上げて瞬きをする。この様子を見るに、さっきの現場を見られたとは一ミリも思っていないらしい。まあ、こいつの場合、見られたからと言って事の重大さを認識していない節もあるが。
     黙ったまま近くまで歩いて行き、ずい、と紙袋を突き出す。
    「……この間の礼だ。阿根と食え」
     きょとんとして受け取った顔に、ぱっと笑みが灯る。
    「これ、いいとこのチョコレートじゃねーか! ありがとな、一度食ってみたかったんだ」
    「依頼人から貰った。一人で食うには多かったのでな」
    「まじか。俺んとこ、そういうのないからなー。よく親切にした爺ちゃん婆ちゃんがお礼にって色々持ってきてくれたりするんだけど、規則で受け取れないって言うと、しょんぼりするんだよな。気持ちは嬉しいし、ありがたいんだけどさ」
     公務員倫理規定を知っていながら、なぜ女子高生と付き合うのだ。若干頭痛がしつつ、それでも職業病というか、友人として破滅するのを見過ごせない私としては、最大限意を決して「……それは?」と奴の手にした包みに水を向けてみた。
    「ああこれ? さっき貰った。従姉妹から」
    「従姉妹」
    「そ。手作りチョコ。小さい頃から毎年くれるんだ。この近くに住んでてさ、俺が実家に居た頃は送ってくれたりもしてたんだけど、引っ越してからは顔も見たいしってんで届けてくれるようになった。俺と阿根と、一個ずつ」
     確かに、先程遠目で見た時には影になってひとかたまりになっていた袋が二つある。
    「……なんだ。義理か」
     ほっとして思わず溢れた言葉に、いいだろ義理だって、と言い返される。
    「とはいえ、毎年これ一つなんだけどさ。でも今年は豊作だな。お前からも貰えたし。それもかなりいいやつ」
    「私のはたまたま——」
    「それでも今日チョコ貰えたってのが大事なんだろ。それが義理チョコだろうが友チョコだろうが、やっぱあると嬉しいもんだぜ」
    「そういうものか」
     正直、私にはよく分からない。今までの人生、特に学生時代などは、異性からチョコレートを貰ったことはあるが、それがどんな意味を持つものかなど考えもしなかった。嬉しいと思う以前に、貰ったからには礼をしなければなという、少々面倒臭さを感じるイベントではあったと思う。朴念仁であることは自覚している。ましてや、事務的な行事を除けば、こちらから率先して贈り物をした経験など皆無なので、たまたまとはいえ、こんな風に目の前で喜びをあらわにされると、なるほど、この顔が見たくて贈るんだな、という気持ちを少しは理解することができた。
    「なあ、これから何か予定あるか?」
     ひとり脳内で未知のイベントの分析をしていたら、そんな風に声をかけられたから、「いや?」と答えると、
    「なら今日は家で飯食ってけよ。鍋だから、多少人数が増えても何とかなるし」
    「いや、私は——」
    「遠慮すんなって。いいもの貰ったからその礼だ。阿根も喜ぶぜ」
     ぽんと肩を叩いて、階段を先に上って行く。
     何だか変な気分だった。そもそも謝礼の品を持ってきたのに、その礼をされるとは。大人の社会にままあるエンドレスなやりとりだが、それでも今はなんとなく、その切れない繋がりを温かく感じた。
    「……仕方がないな」
     かすかに笑って呟いて、外階段のステップに足を乗せる。カン、と高い金属音が靴底から上がるたび、何故だか心が軽くなっていくような気がした。
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