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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    藍渓鎮108話ネタバレ。

    建城 開け放しの窓から、身を切るような風が吹き込んでくる。
     戸口から、んじゃ行ってくる、という声が聞こえてくる。
    「よく学んでおいで」
     そう声をかけたが、もう出てしまったのか返事はない。
     窓の外を見る。重い雲が垂れ込めて、今にも降り出しそうだ。今年の夏は雨が多かった。そしてまだ秋の初めだと言うのに、木枯らしが吹き始めている。このままでは収穫にも影響が出るだろう。そのことに思い至って、申し訳ない気持ちになる。
     藍渓鎮に暮らす人々のために、暦通りの季節を運んでやりたい。だが雨は降り続き、それはいずれ雪になるだろう。どうしても晴れ間を生み出せない。数ヶ月前のあの日から、私の心は、ずっとこの空のように厚い雲に覆われてしまっている。空をすっきりと晴らせることができない。ここが私の霊域である以上、心に左右されるのは仕方のないことだが、私個人の鬱屈に人々を巻き込むわけにはいかない。皆には皆の生活がある。一度庇護したからには、日々の暮らしをつつがなく送らせてやらなければならない。そのことについて、私は長いこと思いを巡らせてきた。そして、ようやくその結論を出そうとしている。上手くいくかどうかは、半々といったところだ。反対する者も出るだろう。私に愛想を尽かす者も。
     罵倒は覚悟の上だ。身勝手と謗られても仕方がない。それでも今の私に考えうる最善の策を取るしかない。分かってもらおうとは思わない。ただ、皆の生活を守る――その一心で動く。そう決めたからには、時が惜しい。
     硯を取り出して墨を擦る。その行為にすら、まだ胸が痛む。
     私のために向かいで墨を擦ってくれた彼女は、もう居ない。
     固まった墨がゆるゆると水に溶けだしていく。
     そう言えば、玄离はだいぶ文字が読めるようになった。学校にも嫌がらず行くようになった。
     全ては、彼女の残した手紙を読みたいがためだろう。
     あの手紙を渡した時、玄离は泣いた。そして開いて、読めない、と言ってまた涙を零した。
     けれど、私に読み聞かせてくれとは、決して言わなかった。
     それからずっと、暇さえあれば厭わず字の練習を続けている。以前とは比べ物にならない熱心さで。
     思えば、ここも随分と静かになった。彼女が来る前の生活に戻っただけなのに、私たちの間には、はっきりとした変化が横たわっていた。私は黙りがちになり、玄离は黙々と字を学ぶ。玄离が出掛けてしまえば、ここは文字通りの静寂に包まれる。彼女の不在だけが、ずっと違和感として残り続けている。
     墨を擦り終えて、紙を卓に置く。筆を墨に浸し、穂先を整えて、一文字目を紙に落とした。
     さらさらと微かな音が流れる。
     これを書いたら、もう後戻りはできない。それでも私は、やり遂げなければならない。
     受け取り手の顔を思い浮かべる。彼なら必ずや説得してくれるはずだ。そう信じて、流れるように筆を動かし続ける。
     鮮やかな墨痕に願いと、覚悟を託す。
     此処を作った者として、最後の務めを果たすために。

     藍渓鎮を移すべく、土地を賜りたい。そのために皇帝への謁見を強く望む――。
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