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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    一緒に晩ごはんを作る二狗の話です

     料理を教えて欲しい、と諦聴から申し出があったのは今から半年前のことだ。
     玄离は今でこそ街中のマンションに一人で住んでいるが、数年前までは少し離れた田舎で、人間の少年の中に棲んでいた。阿根と言う名の少年は、幼い頃から彼の祖父と二人で暮らしていたせいか万事に秀で、その中でも料理はお手の物だった。そして長年、少年の中から彼の手元をつぶさに見てきた玄离もまた、門前の小僧よろしく一通りの家事を覚えていった。おかげで一人暮らしの現在も生活に困ることはない。
     そんな折、時々遊びに来ては手料理を食べていた諦聴から「料理を教えて欲しい」と乞われた時には、意外すぎて少なからず驚いたものだ。
    「なんで? 特に必要ないだろ」
    「——興味が湧いた」
     喜怒哀楽のはっきりしていた昔とは違い、成長するに従って感情を表に出さなくなった友人の思惑は、やっぱりいまいち読めないが、まあ無下に断る謂れもない。玄离は軽い気持ちで請け負うと、月に二度、自宅で料理教室を開くことにした。
     とはいえ相手は初心者なので、あまり難しいものは作れない。なので今までは目玉焼きやルゥを使ったカレーなど、人間の子供でも作れるような易しいものばかり作ってきたが、生来が真面目な諦聴のこと、普段から君閣でも自主練をしているらしく、回を増すごとに手際が良くなっていった。最初は包丁を持つのすら覚束なかったのに、今では千切りも素早く綺麗にこなす。ならばここいらで少しレベルを上げてみるか。そう考えて、今回のメニューはグラタンにした。
     もちろんベシャメルから作る。一見難しそうだが、初心者向けのレシピを使うので、火加減さえ間違えなければ比較的簡単に作れるはずだ。
     今日は十二月の第三水曜日。夕方の六時ぴったりにインターフォンが鳴った。
     相変わらず時間通りだな、と思いながら玄関の扉を開けると、髪や肩に白いものをつけた諦聴が買い物袋を下げて立っていた。
    「降ってきた。これは積もるぞ」
    「通りで寒いと思った」
     買い物袋を受け取って中身を確認する。買い漏らしも、不必要なものも入ってはいない。買い物に行くと欲望に負けて余計なものまで買ってしまう自分とは大違いだ。
     玄関脇のフックにコートを掛けさせ、連れ立ってリビングに入る。ヒーターの温風が、室内を春のように暖めていた。
     諦聴が手を洗っている間に、買い物袋の中身をワークトップに出しておく。鶏肉、玉ねぎ、マカロニにブロッコリー。薄力粉や牛乳、調味料などは玄离の家に揃っているから、あえて買う必要はない。
     メニューを告げた時の反応を見るに、諦聴はグラタンが好きなようだ。ならなおのこと、美味しくできれば良いと思う。
     手を洗い終えた諦聴が、自分のエプロンを持ってキッチンに入ってくる。
    「よーし、じゃあ始めるか。まずはマカロニとブロッコリーを茹でるぞ」
     慣れた手つきでエプロンの紐を結びながら、玄离は頭の中で料理の手順をざっとなぞった。

         *

     鍋に水と塩を入れて火にかける。ブロッコリーを小房に切り分けてザルに入れ、続いて玉ねぎを薄くスライスし、鶏肉も一口大に切っておく。湯が沸いたらマカロニを入れ、くっつかないように時々菜箸でかき混ぜる。茹で上がりの少し前にブロッコリーも入れ、色鮮やかになったら一緒にザルにあげて鍋をざっと洗い、バター、牛乳、薄力粉と塩・こしょう・顆粒コンソメをすぐ使えるようコンロの脇に揃えておく。これで下準備は完了だ。
     鍋に油を熱して、まずは鶏肉を炒める。静かな室内に、油の踊る賑やかな音が広がった。
     肉の色が変わったら玉ねぎを入れて、しんなりするまで中火で炒める。玉ねぎに透明感と水気が出た頃を見計らって薄力粉を振り入れ、バターも入れて弱火で炒める。
    「で、ここで牛乳を入れるんだけど、一気に全部突っ込むとダマになるから注意な」
    「ダマとは?」
    「粉がところどころ溶け残って団子みたいになっちまうんだ。そうすると舌触りが悪くなって不味いから、三回くらいに分けてゆっくり混ぜる」
    「なるほど、それがコツというやつなのだな」 
     手元から目を離さないまま、一人で頷いている。その真剣な横顔に笑いを噛み殺しながら、玄离はオーブンを予熱した。キャビネットからオーブン用の鉄板を取り出し、その上に深めの耐熱皿を二つ、あらかじめセットしておく。
     コンロの前に諦聴を残したまま使い終わった器具を洗って拭く。そうこうしているうちに、「そろそろどうだ?」と訊かれたので覗き込むと、鶏と玉ねぎの浮かぶ白いソースには綺麗なとろみがついていた。
    「うん、いい感じだ。じゃあここらで火止めて味付け。少しずつな」
    「ああ」
     諦聴の指が慎重に調味料を振り入れていく。味見に一匙取って舐め、少し考えたのち、改めて塩をひとつまみ追加した。
    「いいぞ」
    「じゃあさっきのマカロニとブロッコリー入れて、鍋の中でほぐしといてくれ」
     そう言いながら冷蔵庫からチーズを取り出した時、オーブンが予熱終了の合図を知らせてきた。
    「タイミングもばっちりだな」
     用意しておいた耐熱皿にソースを均等に流し入れてチーズを載せ、その上から更にパン粉をまぶす。あとは鉄板ごとオーブンに入れて、チーズがほどよく焦げるまで焼けば完成だ。
     全ての手順を終えて、ふ、と息を吐く諦聴に向かい、「お疲れ」と声をかける。
    「難しかったか?」
    「いや、思っていたよりは簡単だった」
    「そうか。ならいつでも作れるな」
    「だが君閣にはオーブンがない」
    「お前が作るって言ったら、すぐに買ってくれるだろ」
    「それもそうだな」
     諦聴の主は新しいものが好きだ。なおかつそれで美味が供されるなら、二つ返事で買い揃えてくれるだろう。
     エプロンを脱いで冷蔵庫のマグネットフックに掛け、そのついでに冷えたビールを取り出す。
    「先にやっとくか?」
    「もらおう」
     シンクに並んで寄りかかってビールの缶を開ける。行儀は悪いが、こういうのが妙に美味い。
     缶を半分くらい飲んだところでオーブンが焼き上がりを知らせてきた。厚手のミトンを手に蓋を開く。
    「おお、いい感じゃん」
     全体に香ばしく焦げがつき、端がまだぐつぐついっているグラタンをオーブンから取り出して、コルクの受け皿に載せる。
    「いいぞ、運んでくれ」
     心得た諦聴がテーブルのセッティングをし、準備万端整ったところで向かい合って座る。
    「じゃ、改めて。お疲れー」
     中身が減った缶を打ち合わせて一度喉を湿らせ、スプーンに持ち替えて湯気の立つグラタンを一匙、口に運んだ。
    「あ、美味い! 上出来じゃねーか」
    「ああ」
     ソースは滑らかで、塩加減も丁度いい。諦聴も頬を緩めて満足げに食べている。大成功だ。
     この半年で諦聴はぐんぐん腕を上げ、レパートリーも順調に増えている。これは自分に追いつく日もそう遠くはないかも知れない。ぜんたい、諦聴は何をやらせても卒なくこなす。生徒としては非常に優秀だ。師匠として、これほど嬉しいことはない。
     とりとめのない会話と共に、ゆっくり食べ終わって食器を下げ、湯を沸かしてコーヒーを淹れる。諦聴は意外と甘党なので、片方のカップにはいつもミルクと砂糖をひとさじ溶かし込む。
     冷蔵庫で冷やしておいた器と共に目の前に置くと、諦聴が驚いたように顔を見返してきた。
    「今日のデザートにと思ってさ。先に作っておいたんだ。牛乳かぶりになっちまうけど、まあ良いだろ」
     器の中に入っていたのは、薄黄色にしっとりと固まったカスタードプリン。
     諦聴が口を開く。
    「これは——どうやって作るんだ?」
     その真面目な眼差しに、玄离は思わず吹き出す。もうすっかり諦聴は料理のとりこだ。笑いながら、どうやら次の料理教室の献立のひとつは決まったな、と思った。
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