日常 前に一度、勤務中の彼を見たことがある。この辺りには珍しく大雪が降った日で、私はバスを待っているところだった。歩くのさえ難儀するような雪道、車など以ての外で、対向車線には案の定、事故の車が止まっていた。それを見るともなく見ていると、ほどなくして臨場したパトカーから彼が降りてきたのだ。
揃いである紺色の制服を着て、没個性であるにもかかわらず、すぐにそれと分かったのは、ひとえに付き合いの長さゆえである。それでも、車から降りてきた時の表情は、私の知る普段の彼とは違い、別人のように引き締まっていた。肩にある無線機に向かって現着を告げる様子などは実にさまになっていて、私は妙に感心しながら、彼の動きを見ていた。幸い、事故自体はそう大きなものではなく、怪我人も居ないようだったから、そんな呑気な気分で見ていられたのだろう。
車のドアが開き、運転手と思しき男性が姿を現す。潰れた車のフロントをぐるりと回って歩道に行き、警官達に軽く何度も頭を下げていた。
その男性の話を聞いていた彼が、ふとこちらを向いたので、私は一瞬、私の存在に気づかれたかと思ったが、違った。彼の視軸は後部座席に向いており、その先には男性と警官とのやりとりを覗き込むように見ている小さな頭があった。向こうの窓は開いているらしく、彼はその頭に手を伸ばして撫でながら、安心させるように微笑んだ。その顔は私のよく知る彼のものだったので、私は、見慣れない姿の彼が見せた共通点に、何故か安堵にも似た思いを感じた。それは本当に不思議な感覚で、知らない場所を旅した時に感じる既視感とも似ていた。彼とはそう遠い仲でもないのに、はっとするほど、懐かしかった。
やがて溶けかけた雪を散らしてバスが来て、私はそれに乗り込んだ。席に座り、車窓ごしに働く彼を眺める。彼は、私がここにいると最後まで気づかなかったが、それで良かった。バスはひそかに愉快な気持ちを味わう私を乗せて、徐々に速度を上げながら、普段の日常に紛れていった。