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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    君閣を訪れた諦聴。ここから始まる主従の話です。

    重逢 初めてそこを訪れた時、出迎えたのはぶかぶかの着物を着た子供だった。
    「おや」
     円座に座ったまま、ふわふわと空中を漂ってきた子供は、私の目の前に来て視線を合わせ、笑った。
    「随分と大きくなったものだね」
     明らかに自分より年少の者が言う台詞ではない。私は密かに戸惑ったまま、老君はいらっしゃいますか、とその子供に訊いた。
     子供は一瞬きょとんとし、そして何やら可笑しそうに指を口許に当てた。
    「居るけど、どうかな。彼はもう、君の求める彼ではないかもしれないよ」
     謎掛けのような答えに、更に戸惑う。部屋を見渡せば、人の姿はおろか、他の生き物の気配すらない。壁一面の本と、床を埋め尽くすよく分からない機械や玩具、そして夜に向かって大きく開けた窓。ここは老君の住処だと聞いていたが、それらしき姿は、見た限りどこにも無かった。
    「老君は、ここにお籠りになっていると聞いているのですが」
    「そうだよ」
     子供は事も無げに答える。
    「彼はどこにも行きようがないからね。ここで静かに暮らしているよ」
     ではやはり、この場所のどこかに彼は居るのだ。私は改めて訪いを入れる。
    「それでは、諦聴が来た、と伝えていただけますか。以前お会いしたことがあるので、きっと覚えていらっしゃるかと思うのですが」
     そう言った途端、子供が耐えかねたように、腹を抱えて笑い出した。
     そのあまりの笑いっぷりに、ぽかんとする。私は何か可笑しいことを言っただろうか。と同時に、少しだけ気分を害する。少しく顰めた眉を見て、
    「——ああ、いや、すまない」
     目尻の涙を拭いながら、子供が謝る。
    「仕方のないことだけど、お前があんまりにも鈍いものだから。すまなかったね」
     と、詫びにもなっていないことを詫びながら、子供は私に向き直り、
    「私が老君だ」
     と目元だけで笑いながら言った。
     その瞬間の感情を、どう表したらいいか分からない。私の記憶にある彼は、常に鷹揚な微笑みを浮かべていた青年で、決して、このような年端も行かない子供ではなかった。——だが。
    「——もし貴方が真に老君であるなら、私の来歴は既にご存知のはずですが」
    「ああ、知っているよ。明王のところのやんちゃ坊主だろう。いつぞやは、いらぬ怪我をさせてしまってすまなかったね」
     さらりと決定打に近い返答を貰って、私は内心で溜息を吐く。
    「——どうして、そのようなお姿をなさっているのですか」
     当然の疑問をぶつけると、
    「楽だから」
     と適当極まりない答えが返ってきた。そうして、ふいっと興味を無くしたかのように床に降り立つと、今度は腹ばいに寝そべって、その辺に落ちていた本を拾って読み始めた。
    「それで? お前は何をしに来たんだい?」
     片手で頬杖をつきながら、さして興味もないように問う。
    「私をお側に置いてはいただけませんか」
    「断る」
     目線すら上げずに言い切る。
    「何が目的かは知らないが、今の私に従者は不要だ。そんな立場でもないしね」
     にべもない言葉だが、私にもそれなりの覚悟がある。ここでおめおめと引き下がるつもりはなかった。
    「ですが、快適とはほど遠い生活をなさっているようですね」
     散らかりに散らかりまくった部屋を見ながら、あえて淡々とした口ぶりで言う。これは決して比喩でなく、文字通り足の踏み場もないのだ。
    「特に困ってなどいない。逆に欲しいものがあったら、すぐ手に取れて便利だ」
    「ですが、このままだといずれ本当に大切なものの場所が分からなくなってしまいますよ」
    「むう」
     口を尖らせて睨みつける。こうして見ると本当の子供のようだ。
    「私のことは、特に意識せずとも構いません。貴方は今まで通り気ままに暮らす。私はそれが快適に回るよう密かに動く。それでもいけませんか」
    「何故そうまでして私の側に居たがるんだ。仕えるべき神なら他にも居るだろうに」
    「……」
    「黙秘か、ふぅん。——面白い」
     どこか投げやりだった瞳に、初めて光が灯る。そうして少し考えるような素振りを見せてから、いいよ、と笑い含みに言った。
    「そういう腹の探り合いは嫌いじゃない。お互い様だからね。でもいつか、お前は後悔するかもしれないよ。私はもう既知の神仙老君ではない。それでもお前は忠義を持って私の側に居続けられるかな?」
     じっと視線を合わせる、深い海の底を思わせる藍。周囲の暗さも相まって、宇宙の彼方にあると言われる黒洞に相対しているかのような心持ちになる。吸い込まれそうな底知れなさ、それが見目が子供であろうと、彼が疑いようもなく尋常でない力を持つ一柱の神である証だった。
     この方が今日から私の新しい主——背が粟立つような感覚を覚えながら、私は目の前の子供に向けて膝を折り、深々と頭を垂れる。
     寝そべったままの彼の手がつと伸び、私の角の先端に触れる。
     それだけ。だが、それがここから始まる我らの、長きに渡る契約の交わされた瞬間だった。
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