《王子様は嫉妬心に攫われる》怜×サク いつもの放課後。部活のない怜と帰る約束を取り付けたサクは、教室まで迎えに来ていた。付き合い始めた頃は留年した手前、二年の教室に来るのを躊躇っていたサクだったが、元クラスメイトも特に偏見や遠慮なく接してくれたため、苦手意識もなくなり、最近では普通に怜に会いに教室まで来れるようになった。
「怜くん」
目的の相手の背中を見つけ、呟く。しかし、楽しそうにクラスメイトと喋っているところを遮るのも悪いと思い、サクはしばらく教室の外で待つ事にした。お気に入りの黒いリュックサックからスマホを取り出し、インスタントな情報を流し見していった。
五分、十分……時間は過ぎていくが、会話は一向に終わりそうもない。まぁ、怜は元々人懐こくて喋るのも好きなタイプだ、それで自分も救われた部分がある。それに怜は恋人であるが、自分一人だけのための存在ではない。そう思うと、サクは強く出れずにいた。
しかし、恋人が健気に教室の外で待っているのだ。気づいてくれても良くないか? そう思ってしまう自分もいて、サクはぐるぐると嫉妬心の渦へと引きずり込まれていく。
気付いた時にはサクは教室へ足を踏み入れ、怜の背後に立っていた。何も考えては居なかった。ただ、自分に気づいてほしい。自分だけを見てほしい。それだけが頭にあった。
怜の脇から手を差し入れ、胴体までぎゅっと抱え込む。サクよりも体格の小さな怜は、すんなりと腕の中におさまった。
「わ、誰? 何?」
「怜くん。帰ろ」
「あ、サクくん? うん、帰ろ──ッ! わ、わ! 何?」
サクは米俵でも抱えるかのように怜を肩に担ぎ、怜の机の上に置いてあったカバンを反対側の肩に掛けると、怜のクラスメイトに会釈だけして、颯爽と教室を後にした。
そのまま、校舎入口の下駄箱へ一直線に向かった。自分の靴と上履きを入れ替え、背中合わせに置かれた怜の下駄箱から同様に靴を取り出して履かせた。
下校のラッシュを過ぎていたとはいえ、まだ校舎内に人間は多く、何事かと二人の様子を見ていた。サクは感情のままに動いていたのもあって、特に気にする様子もなかったが、問題は怜の方で、担がれた体勢ではサクの背後からの視線を一身に受けるはめになった。羞恥心から思わず、パーカーのフードを深く被ってしまう。
──気付けば、ひと気のない近くの公園まで担がれて来てしまった。流石の怜も、そろそろ無抵抗でいる訳にはいかないと思い、サクの腕を少し強めに叩く。
「──サクくん、ねぇ、そろそろ下ろして?」
「う……」
「サクくん! ねぇ、どうしたの、お願いだから下ろしてってば! 黙ってたら分かんないよ……!」
「〜〜っ……! もう、やだぁ……」
「えっ、もしかして泣いてる? ちょっと、ほんとにどうしたの?」
怜の腰を抱きしめたまま、急に抑えていた感情が爆発したかのように、サクははらはらと涙をこぼした。怜から表情は見えないものの、震える声と鼻をすする音に、サクが泣いていることは安易に想像ができた。
「ね、とりあえず下ろして。ちゃんと話して。お願いだよ、サクくん」
「うっ……、う……ぅ……」
怜の言葉に頷き、ゆっくりと屈みながら、怜の足を地面に下ろす。怜がバランスを崩さないよう、しっかりと腰を支える。サクはそのまま、蹲ってしまったが。
「ん……、ありがとう」
「うっ、ぐず……」
怜の足に縋り付くような格好のまま、サクはずっと泣き続けている。怜はとりあえず落ち着けようと、サクの不揃いな黒髪を優しく撫でる。
「……怜、くん。ごめん。ごめんなさい。友達と喋ってたのに、急に……ごめんなさい」
「怒ってないよ。それよりもどうしたのかなって、びっくりして、心配になったんだ。いつもはあんなに急に連れ出したりしないから」
「違うの、廊下で、怜くん待ってて、でも、僕が……怜くんを、他の人にやりたくなくなって、嫉妬した。バカみたい。怜くんはモノじゃないのに。最低」
途切れがちになりながらも、サクは言葉を怜の足元に落としていった。拾ってくれなくてもいい、そうは思いつつ、優しい怜に少しだけ期待をする。
「もう……びっくりした。よかった。サクくんは怒ってた訳じゃないんだね」
「怒るわけない……っ!」
サクが、バッ、と顔をあげた先にはいつもの怜の優しい笑顔があった。
「おれのほうこそ、ごめんね。待たせちゃってたんだ」
「何時間も待ったわけじゃない」
「ううん、お話が楽しかったとはいえ、サクくんなら来たら声掛けてくれるだろうなって思ってたんだ。気にしてあげるべきだったね。待っててくれてありがとう」
「う、そんなの……だって、か、彼氏のことくらい、待てるよ……今日は、ちょっと待ててなかったけど……」
赤くなった鼻を擦りながら、サクは目を逸らした。いつもの化粧はほとんど取れ、情けなく眉の下がった目元少し幼い印象を受ける。
「サクくん、たまに子供っぽいなとは思ってたけど……あはは」
「笑い事じゃないよ……うう、恥ずかしい……」
ニコニコと笑う怜を前に、すっかり冷静になったサクは、スっと立ち上がり、怜の肩に手を添えた。
「でも、ごめんね。急にあんなことして」
「うん、それはもう大丈夫だよ」
「僕たまに、すっごい不安になるから。いつもは平気な事も、たまに我慢できなくなる」
「そっか……」
「また、怜くんを困らせるようなことしちゃうかも」
「……大丈夫だよ。だって、それはサクくんがおれのこと好きだからでしょ? ちょっとビックリしちゃうかもだけど! て言うか、おれがサクくんのこと攫うくらいの勢いがあれば、不安にさせなかったかな」
怜は、サクの腰をぐいと引き寄せた。悪戯そうに笑う口元から、トレードマークの八重歯がのぞく。驚いたサクは、バランスを崩しそうになるが、怜の腕が倒れることを許さなかった。
「っ!」
「これからもさ、不安にさせちゃうことがあるかもしれない。でも、おれはサクくんから離れないから。何かあったら伝えて欲しいな。サクくんがおれのことを考えて、発言や行動をしてくれたのなら、絶対に怒ったりしないから。ね?」
「う、ん……わ、かった。ちゃんと言う……。好きだよ、怜くん。誰にも渡したくないくらい好き」
「あはは、そんなに想ってもらってうれしいな。……おれもサクくんのこと大好きだよ。ありがとう」
◆
翌日のお昼。いつも通り怜と昼食をとろうと、サクは二年一組の教室へ来ていた。昼休みの騒々しい教室の中に怜の姿を見つけて、声をかけようと口を開いた。
「怜く──」
「お、香月! 王子様がお迎えに来たぞ!」
しかし、怜よりも早くサクの姿を見つけたクラスメイトが、怜に大きな声で呼びかけ、サクの声は遮られた。
「ちょ、ちょっと!」
「も、もうっ! 揶揄うのはやめてよね……!」
揶揄うと言うよりも、微笑ましいといったクラスメイトの柔らかい表情。あまりの恥ずかしさに、二人は逃げるように教室を後にした。
その後屋上で、サクは昨日の自分を責め、怜は教室に戻ったら何と説明をしようかと、食事の味も分からない昼休みを二人で過ごし、なんとも言えない気持ちで、午後の授業を受けるはめになった。
そしてまたしばらくの間、サクは怜を迎えに教室には来れなくなったのだった。