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    fujisankabe

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    シャアム謎時空

    何故こうなるのか。
    一緒にいないのは何故なんだろう

    いちごジャムの話3市場のおばさんに、売り物にならないから持って行けと渡された袋には沢山の小さな苺が入っていた。もしかしたら苺が好きだと言ったのを覚えていてくれたのかもしれない。
    小さめのいちごはジャムにでもするのが良いとシャアが言っていたのを思い出してジャムを作る事にした。
    必要なものは、いちごと砂糖、あとはレモン。
    いちごの重さを計り、それに合わせた砂糖を準備して、いちごをボウルに出して水で洗った。パッと見るだけではわからない汚れやゴミが浮いて洗浄の大切さを知った。そのまま食べようとした時にいつもシャアに止められて洗ってくれたんだった。
    水の中で浮いたり沈んだりする苺はさながらにダンスで、それでも柔らかい果肉はそれだけで傷ついてしまいそうだ。
    水を切って一つずつ丁寧にヘタを落とした。小さめのペティナイフはシャアの手入れが行き届いていたようで随分と切れ味が良い。
    すこしずつまな板がいちごの色に染まっていく。最後のいちごを切り終わると優しく拭いて水分を取る。強く擦ると果肉が破けるので優しく傷つけないように押さえるようにしながら水分をとった。細かい作業は得意なはずなのに、息が詰まった。
    いちごとに半量ほどの砂糖を併せてしばらくおく。
    その間紅茶を入れることにした。

    ええと、どこだったかな、なんて独り言をこぼしながら紅茶を探した。いつもあの人が淹れてくれていた、なんだったかな。
    戸棚や引き出し、ありそうな場所を探しても見つからなかったので早々に諦めた。お湯が沸いた音がしたけれど、聞こえなかったことにした。
    一人分の紅茶の淹れ方さえも、わからない。

    キッチンの床に座り込んで目を閉じて無理やり頭の中を数字で埋めた。消えて無くならない感情。荒くなりそうな呼吸をグッと抑えて、立ち上がりいちごの入った鍋を火にかけた。
    最初は中火、焦がさないように気を付けて。
    そっくりそのままの声が頭の中で再生される。

    くつくつと音が鳴り始め、鍋の中ではいちごから出た水分が沸騰して沢山の泡が湧き上がりはじけている。絞っておいたレモン汁も投入して木べらで優しく混ぜた。
    規則正しく鳴るふつふつという音、繰り返される鍋が舞台のダンスはぼんやりと見るにはぴったりの演目だった。
    木べらで混ぜ、ほんのりとろみがついた事を確認してから火を消してコンロから鍋をおろした。

    そうだ、瓶。
    あの人瓶に詰めていたな、と思い出してまた戸棚を漁った。けれどあったはずの空き瓶は魔法のように消え失せており、捜索は徒労に終わった。
    見えていたようで何も見えていなかったのかもしれないな。
    シャアと過ごした家はまだ生きているように見えるのに、もう全くの別物だ。
    家具も、寝具も、ストックの一つ一つだって以前とはまるで意味が違う。

    出来上がったいちごジャムはまだ熱そうで食べたら火傷をしてしまいそうだ。

    産まれたての宝石のかけら達のようにきらめくいちごジャムをスプーンで掬った。湯気が上がり甘い香りがふわりと立ち昇る。ふぅふぅと息を吹きかけてから食べた。

    幸せの味がした。

    正直なところ、鍋を抱えて食べてしまいたかった。
    今思えば幻だったのかもしれないと、そんな風に感じるほどにあれは穏やかな時間だった。

    ふと思いたち、戸棚から深めの器を取り出しジャムをよそった。そしてメモを添えて冷蔵庫へとしまった。








    シャア、寂しくなったら食べに来て。





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