いちごジャムの話4久しぶりの我が家は相変わらず埃っぽかった。
人が住まない家は朽ちていくのだなと、実感する。閉め切っていたカーテンと窓を開けると、初夏の風が入ってきた。
外は随分と暑いのに、家の中はひんやりとしていて心地が良い。埃っぽさには慣れているので一人用のソファにどかりと深く座り込んだ。
シャアはよくこのソファに座って古い本を読んでいた。シャアのお気に入りだったこのソファは、ゴブラン織の生地が張られていて、木材は天然のオークだそうだ。シャアのムンゾにあった自宅にはこれと似たものがあったと、そんな話をしてくれた。シャアの口から語られる思い出話は、そこら辺にいる子どもと似たような他愛のないもので、勿論その境遇は人とかなり違いはするが、シャアにも子ども時代があり、そしてそれはどんな資料にも彼について書かれた書籍にもない生きた人間の記憶だった。実は虫が苦手だったとか、苦手な食べ物があったとか、モンスターについての絵本を読んだ日は怖くて眠れなかったとか、セイラさんがたまらなく可愛かった事や、兄らしく振る舞うことが嬉しかった事、そしてご両親のこと。
彼はこのソファに腰をかけて、一体何を想っていたのだろうか。シャアの真似事をしたところで、そんなこと分かりやしない。
喉が渇いていることに気づき、紅茶でも飲もうかとキッチンへ向かった。
前回来たときはいちごジャムを作ったんだった。冷蔵庫に入れたアレはどうなっただろうか。腐ってカビだらけなのか、乾いてガビガビになっているのか。あのメモを誰か読んだのか。
冷蔵庫を開けると置いたはずの皿はなかったが、代わりに冷えたメモ用紙が一枚。
『紅茶は右上の戸棚。君のお気に入りはアールグレイ。紅茶の淹れ方は何度も教えたから覚えていることを願う。』
「まいったな」
まさか返事があるなんて思いもしなかった。
今のこの感情を形容する言葉を俺は知らない。
震える両手で顔を覆い、その場に座り込んだ。