王様がイチゴを食べる話▽王様がイチゴを食べます
▽ぐだキャスギル






　ころん、と、視界の端に何かが転がり入り込んで、ギルガメッシュは画面を滑らせる手を止める。己の宝物から引き出した、己の好みに誂えた豪奢な寝台の上、両の脚を伸ばし座る側へ何かが転がってきたのは確かだった。一瞬だけ捉えたその〝何か〟は赤かったように思う。ギルガメッシュは今、転がるものなど寝台の上には持ち込んでいない。ということは。
「…………立香、貴様寝台を汚すなといつも言っておろう」
　溜め息混じりに言ってベッドサイドへ目をやると、そこには黒い筒状の布をまとう人間の足が二本並んでいた。その両足に沿って目線を上げれば、すまなそうに眉尻を下げてこちらを見ている立香の蒼い瞳と目があった。
「すみません、勢い余って一個落ちちゃって……布団大丈夫でした？」
　申し訳なさそうに言う立香に、今更怒りも湧かず、ギルガメッシュは何かが転がってきた方をちらりとも見ずに、ふんとだけ鼻を鳴らして立香の手元に目を向ける。立香の手の中には、その両手に収まる程度の大皿があり、上に赤い実が山となっていた。先程ギルガメッシュの方へ転がってきたのもそれだろう。そこでようやく己の側に転がってきたものを見れば、確かに立香が持つものと同じに真っ赤な色をした木の実のような何かだった。摘み上げれば指先にひやりと冷感がある。よく冷やされていた。
「イチゴもらったんです。一緒に食べませんか？」
　食べる、という言葉でこの実が摂食可能であることは解った。が、ギルガメッシュはこんな木の実など見たことがない。立香の言葉を頼りに、脳の中に収まっている聖杯に与えられた知識を探れば、確かに『イチゴは食べ物である』と情報が出てくるのだが。
　怪訝に見上げるギルガメッシュの前に腰掛けた立香は、皿からイチゴを一粒摘み上げ、ギルガメッシュの口許へ寄せる。
「食べてみません？　甘酸っぱくて美味しいですよ」
　ニコニコといつもの笑みを浮かべる立香へ、幾分胡乱な眼差しを向けながら、それでもそれ以上は何も言わず、ギルガメッシュは立香に従って唇を開いた。
　
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「王様、口開けてください」
　立香が言えばすぐに、あ、と、素直に開かれる形のよい唇。立香の差し出す未知の食べ物に対して、疑いもせずに無防備に無警戒に口が開かれる。勿論、立香がギルガメッシュにおかしなものを食べさせるはずがないのだが、あまりの信頼に顔が緩みそうになるのを堪えながら、唇の奥に覗く舌よりも赤い、今は伏せられている彼の瞳に似た真っ赤な苺をひと粒、開かれた唇へ添わせる。むに、と軽く押さえると、苺の輪郭に沿って柔らかく下唇が沈み、次いで降りてきた上唇、正確にはその裏に隠れている白い歯が苺を捕らえた。つぷ、と前歯が苺の表面に刺さる感触が指先に伝わる。苺を摘んでいる立香の手が僅かに揺れ、かちりと苺を分断する歯の振動まで伝わってきた。ぞわりと何かが背筋を這い上がって立香は肩を竦める。
　そんな立香の反応に目をくれるでもなく、ギルガメッシュは立香の手から、指先から苺を取り上げることなく、二度、三度齧りつき、蔕を残して全ての紅い果実を唇の奥に収める。咀嚼に合わせて波打つその濡れた唇の柔らかさを、立香は知っている。その唇を濡らす淡い紅色の雫を舐めとる赤い舌に触れた時の、痺れるような心地よさも。
「――――ふむ、悪くないな」
　ぺろり、と唇を舐めて上機嫌に微笑うギルガメッシュを前に、立香は曖昧に笑い返すことすらできない。所謂『あーん』をさせてもらえるかというだけの好奇心。そう、ただの好奇心。ただの苺ひと粒。だというのに、立香の心臓は煩いくらいに鳴っていて、ギルガメッシュの顔がうまく見れなかった。