服?の話▽マロお題でACの霊衣を着た王様の話
▽ぐだキャスギル
今日は早上がりできそうだ、と思った時から今までずっと、立香は浮かれている。予定が早く終われば後は自由時間だ。待機時間とも呼ぶ。勿論何か起これば返上だが、そうそう問題が起こっ――やめよう、フラグのような気がする。
とにかく自由時間を得た立香の脳内は、極彩色の王で埋め尽くされている。夕食までまだ時間もあるし、部屋で少しいちゃつくくらいはしていいだろう。彼の王――ギルガメッシュが忙しくなければ、だが。忙しくても休憩を取る間くらいはいいだろう。休憩させないといつまでも働いているというのもある。適度な休憩は必要だ。そう、必要なのだ。
よし、と自己完結している間に自室の前に到着した。早歩きで少し乱れた呼吸を深呼吸で落ち着かせて、もう一度「よし」と呟く。そして扉を開けた。機械的な扉の開閉音からは想像もつかないような、豪奢な室内には今一番逢いたい人がいるはずで。
「王様! ただいま戻りました! ……王様?」
静かな室内に立香の元気の良い声が響く。室内にその人――ギルガメッシュの姿はなく、立香は首をひねる。けれど、
「――此処だ。よく戻ったな、立香」
幕の降りたベッドから、聞き慣れた声がした。なんだそちらかと立香は返事をしつついそいそとベッドに近づき、手触りの良い紗幕を右手でめくって中を覗き込み、
「おうさキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
反射的に絹を裂いたような悲鳴を上げた。ついでに両手のひらで顔を覆う。
「讃美の声にしては些か喧しいが……今は不問に処す。
フ。我の玉体を前に、まばゆさで目が眩んだか?」
そこにいたのは一糸まとわぬ……ではなかったが、一糸まとわぬように見える服装……服装?のギルガメッシュが鷹揚に横たわっていた。
「な、え、あ、え? ちょ、王様、なん、なななな、なんなんですかその服?は」
両手で顔を覆いながらも、立香は指の隙間からギルガメッシュを見る。動揺の余り壊れたレコードのようになっているが、今はそれどころではない。
「コレか?」
ちゃり、と金属が触れあう音がする。ギルガメッシュが身じろいだことにより黄金同士が触れあったのだろう。黄金の……これは、何だろうか。決して服とは呼びたくないこの、煌めく装飾品は。
「なに、たまには良かろう?」
良かろう?じゃないんですよこっちはー!という叫びはなんとか喉の奥に抑え込んだ。今、ギルガメッシュが身にまとう布は下半身を雑に隠す黒い布だけだ。いつもの赤いアレに形が似ているような気がしたが、あれよりも布地は少ないのではなかろうか。横向きで横たわっているから上側の布は身体に沿って下がり、太腿がほぼ全て見えている。その太腿にも黄金の装飾品が巻かれていた。と、いうことは。これは、もしかして、
(履いていないのでは?)
は、と気づいた顔をした立香は、改めて両手で顔を覆い、天井を仰いだ。これは履いていない。何故履いていないのか。
「どうした? そら、もっと近くへ寄るがいい。特別に拝謁を許してやろう。何なら、触れさせてやらなくもない」
新しい装束?にギルガメッシュはご機嫌なようだ。確かに、確かにそのしっかり鍛えられた身体のラインに沿うように配置された黄金の装飾品は煌びやかで、剥き出しの胸や腹、腕などを美しく飾っているのだが、だが、そう、剥き出しなのだ。ギルガメッシュはそのしろい肌を惜しげもなく晒して、黄金で飾っている。髪まで上げて。額にも装飾品を煌めかせて。
(いつものだって丸出しだけど、だけど……!)
あれはもう見慣れてしまった。いや、布面積の少なさにたまに驚くことは今でもあるが、結構慣れた。だがこれは。これはもう、ほぼ裸と同義ではなかろうか?誰か裸だと言ってくれ。
「立香?」
かちゃん、と金属が触れあう音がする。ギルガメッシュが、身体を起こしたらしい。立香は相変わらず天を仰いでいて、いい加減その様子を不審に思ったらしく窺うような目線を立香へ向けてくる。
「何故こちらを見ない? よもや、この姿は気に食わないと?」
指の隙間からギルガメッシュを見遣る。身体を起こしたギルガメッシュは、立香から目線を外してその真紅の目を伏せている。声にも覇気がなく、どこからどう見ても悄気げている。
「いや待っ……ち、違います、違、そうじゃなくて」
その様子に立香は慌てて顔から手を退け、ギルガメッシュと向かいあわせにベッドに腰を下ろした。間近で直視すると本当に目のやり場がない。
「そうじゃないです、似合ってます! すごく! 綺麗です!
けど、ちょっと……」
「ちょっと……?」
「ちょっと、セクシーすぎる、かなぁ……みたいな……」
健康な青少年に、その衣装は刺激が強かったのだ、と立香は一番近い気がする感情を吐露する。実際のところもそう遠くはない気がする。この動揺がどこからくるものなのか、立香にも解らないのだ。
「セクシー……」
きょとんとしたのは一瞬で、すぐにギルガメッシュは薄い唇の両端を上げて、ふふん、と鼻で笑う。不機嫌は回避されたらしい。立香は心の中で胸を撫で下ろす。悲しい顔をさせたいわけではないのだ。どうやら、立香のために用意した衣装のようだし、その気持ちはとても嬉しい。ただ限度というものがあるだけで。
「そうか、貴様には過ぎた色気であったか」
誇らしげに胸など張られると、その何も隠せていない黄金に沿う可愛らしい乳首が強調されるのだが、今そこに触れるのは悪手に過ぎる。どうしても見てしまうのだけど。
「っか、……髪、上げてるんですね」
「ん? ああ……」
なんとか視線を別に移そうと、立香はギルガメッシュの逆立った髪に視線を向ける。
「貴様にはこちらの方が馴染み深いか」
ギルガメッシュが言い終わる直前、ふわりと髪が解け、見慣れたいつもの髪型に戻った。確かにこちらの方が見慣れている分気安いかもしれない。
「謎の安心感がありますね」
「実家のような、というヤツか?」
「オレの故郷は王様だったんですね……」
立香の返事を聞いたギルガメッシュが、く、と喉の奥で笑い、立香も釣られて笑う。なんとか不穏な空気は変えられたようだ。それにしたって物凄い格好ではあるけれど。
「……触っても、いいんですよね?」
物凄い格好に話が逸れていたが、立香はギルガメッシュに逢うために急いで帰還したのだ。
「特に許そう」
ん、とギルガメッシュが両手を伸ばして少し広げる。
「はい」
立香はそのギルガメッシュへ両腕を伸ばして、飛び込むように押し倒して抱き締めた。こうしてしまえば刺激が強すぎる衣装も気にならない。裸を抱き締めているような気持ちにはなるけれど。
「王様、……あの、服?ありがとうございます。何着ても似合いますね」
あまりの衝撃で言い忘れていたが、立香のために用意したものであるならば、礼を言うのが筋だろう。何故これを立香が好きだと思ったのかは謎だが、喜ばせたいというその気持ちはとても嬉しい。
「フフ。であろう、であろう。貴様がどうしてもと言うのであれば、二度目も考えてやらなくはないぞ?」
「じゃあ、王様の気が向いた時に……あ!」
突然浮かんだ考えに声を上げ、がばっとギルガメッシュから離れて見下ろす。ギルガメッシュは突然のことに驚いたのか、ぱちぱちと二回瞬きをして、瞳孔の細くなった真紅の瞳で立香を見上げる。
「急にどう」
「言い忘れてました」
どうしたのか、と問う言葉に立香は声を被せる。と思えばギルガメッシュを見つめて真剣な表情で口を開く。
「その服、絶対外で着ないでくださいね。カルデアの中でもダメです。この部屋以外、ダメです」
言い聞かせるように力強く真摯な声で立香が告げる。見上げるギルガメッシュはきょとんとした顔をして、また数回瞬いた。
「な」
「何故、とか、言わなくても解りますよね?」
「ぐ、」
見下ろす立香がにこりと笑い、ギルガメッシュは喉を鳴らして言葉を飲み込む。飲み込んだものの理由が解らないのか、ギルガメッシュの紅い瞳がフラフラと辺りを彷徨う。立香としては、そろそろ自覚してほしいのだけど。
「……オレ、王様の身体をみんなに見られるのが嫌だって、前に言いましたよね?」
その言葉自体は記憶にあったらしいギルガメッシュは、はっとして目を丸くしたまま頷いた。
「こんなえっ……じゃない、魅力的な姿、オレ以外に見せないでください」
ギルガメッシュの、猫のような細長い瞳孔が細くなり、それからゆっくりと広がる。そうして、立香の言葉の意味が解ったのか、ぼっ!と音がしそうな程耳まで朱に染めた。その反応で立香は満足したらしく、いつものように爽やかに笑って、いつもよりほんの少し赤い唇に軽くくちづける。触れるだけ。ちゅ、ちゅ、と音を立てて何回か繰り返し、それから深めていく。抵抗はない。どころかギルガメッシュはちりりと金属音をさせて立香の首へ両腕を回し、引き寄せてくる。触れる舌は熱い。交わす唾液が徐々に粘性を帯びていく。
「ん、んぅ、……んん、」
ギルガメッシュが身じろぐ度に黄金色の飾りが金属音をさせる。いつもは髪飾りくらいしか音を立てないから、新鮮な気もする。
「ん、……は。立香……?」
唇を離した立香を、ギルガメッシュが疑問符をつけて呼ぶ。吐く息は熱っぽく、向けられた視線も熱を持っている。
身体を離した立香は、改めてギルガメッシュの姿を見る。無駄のない引き締まった痩身を、縁取るように鈍く輝く黄金が飾っている。胸のラインに沿った飾りなど、つんと立った乳首をより蠱惑的に扇情的に引き立てている。簡単に言えば、とてもエッチな装束だと思う。そんな服?を着て、熱に浮かされたような蕩けた目をして、それで立香のためなどと、本当にこの人は。
「……これは流石に王様が悪い、ですよね……」
「ぅん? りつか? どう……」
何をか問おうとした唇をまた塞ぐ。特に抵抗もされないので質問は大して重要ではなかったのだろう。素直に舌を差し出してくるのが可愛くて愛おしい。粘液質な水音を立てながら舌を絡ませ、深く貪る。唇はそのまま、右手で素肌をなぞれば微かに反応する。くすぐったいのだろう。
「ん……、ぁ、りつか……」
それが抗議なのか先を促す催促なのか、熱で溶けかかった声でははっきりしないが、拒絶ではないだろう。つつっと黄金をなぞり、ぺたりと素肌に触れる。
「今日はこのまましましょうか、王様」
「え、……ぁ、ああ……」
やや間があって頷く。その頬が赤いのは、くちづけのせいだけではないだろう。
上体を伏して首飾りに唇で触れる。当たり前だが冷たい金属の感触しかない。だが少しずらせば素肌があるのだ。素肌にも触れ、強めに吸い上げればギルガメッシュが鼻にかかった甘い声を漏らす。いつもより敏感になっているような、そうでもないような。元々快楽には素直なひとなので、反応はいつも良いのだ。ここまで据え膳されるのは多分初めてだけれど。
柔らかなシーツに沈み込むように、ふたり身体を重ねる。僅かだけれど気分が高揚しているのを感じる。ギルガメッシュの目論見は見事成功したのだ。
(…………いただきます)
口には出さず、心の中で手をあわせる。溶けかけの飴玉のように濡れた真紅がこの先を期待している。勿論、立香もそのつもりなので期待には応えられるだろう。なにせ今日はもう、他のことは考えなくていいのだから。