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    @vermmon

    @vermmon 成人済/最近シェパセ沼にはまった。助けて。

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    11月の新刊に入れる話の冒頭。風邪ひいたパセを死ぬほど甘やかすシェの話。

    #シェパセ

    ひみつのおはなし(ロドスキッチン編) 暑く、熱く、乾いている。
     彼は砂に埋もれていた。身体が熱い砂に埋もれている。絶え間なく吹き付ける風のせいで、口の中は砂でいっぱいだった。喉が渇くのはそのせいだ。砂が唾液も何もかも吸い取ってしまうから。
     彼はもがいたが、熱を掻き分けても、ますます沈んでいくばかりだ。水。水が欲しい。サボテンはそこら中にある。その果肉が貴重な水分となることを彼は知っている。棘だらけの植物は目の前だというのに、踏み出した爪先は沈み、どうしても前に進むことができない。埋もれ行く彼の手を誰かが掴んだ。熱砂の只中にありながら、凍り付いたような美貌。ケルシー――否。あの女は、彼の手を握ったりなどしなかった。つまり、これは夢だ。こんな夢を見ている自分に彼はひどく苛立ち、失望した。だが、確かに誰かが彼の手を握ってくれている。大きな手が。
    「――エリオット」
     冷たいタオルが額に押し当てられ、汗を拭った。なんて心地好いのだろう。
     彼は重い瞼をこじ開けて、霞む視界に鮮やかな赤を認めた。枕元で手を握ってくれていたのは、彼の恋人だった。ブラインドの隙間から差し込む光が、青年の赤い髪と大きな角に反射してきらめいている。
    「シェーシャ、くん……」
    「おはよう、エリオット」
     シェーシャは微笑むと、もう片方の手にある濡れタオルで首筋を拭う。パッセンジャーは青年が作業しやすいように手を放し、暑さの原因でもある毛布を胸下まで引き下ろした。
    「いま、何時……?」
    「朝の七時半ってとこかな。さっき着いたんだ」
     青年は一ヶ月ほど前から外勤任務で不在にしていた。帰ってきてすぐに来てくれたのだ。彼の声を聞いて、パッセンジャーは自分がどれほど恋人の不在を寂しく思っていたか思い知らされた。
    「寝込んでるって聞いて心配したぜ。医療部もてんてこまいだって?」
     パッセンジャーは頷いた。シェーシャの言う通り、ロドスでは二週間ほど前から風邪が流行っている。乗組員の総数から見れば患者の数は大したことはないものの、重度の鉱石病で病棟を離れられない患者への感染を恐れ、医療部は風邪を引いた者に自室待機を厳命した。パッセンジャーも往診に来た医療オペレーターに解熱剤だけを処方され、自室で療養していた。彼自身も鉱石病を患っている。他の病気を貰わないよう気をつけていたつもりだったが、シェーシャがいない間、眠れずに夜更かしすることが増えた。そのせいかもしれない。
     シェーシャは反応の薄いパッセンジャーをものともせず、顔回りや胸元の汗を拭うと、ぐったりした恋人を抱き起して水を飲ませた。
    「もっとください」
     咳のし過ぎで喉が痛かったが、痛みなら耐えられる。冷たい水が甘かった。たとえ喉が切り裂かれるように痛んだとしても、口に含んでいる間は甘露だ。先ほどまで見ていた夢は、無力感と救いを求める心の表れだったのだろうか? 腹立たしく思う気力も尽きたパッセンジャーは、シェーシャに縋った。肩を支える力強い腕はなんと心地良いのだろう。この青年の前でなら、彼は弱い自分を認めることができる。
     肩を抱く腕に頭をもたせかけると、シェーシャは優しく微笑み、パッセンジャーを抱きしめて瞼にキスした。
    「風邪がうつりますよ……?」
     抱きしめて欲しいと仕草で訴えておきながら、こんな事を言う自分はなんて嫌な奴なのだろう。だというのに、青年は気にした様子も無くうそぶいた。
    「ヴィーヴルは風邪なんかひかねぇよ。ひいたら一生、馬鹿にされる」
    「そういえば、ソーン先生もそうでしたね……」
     研究所で風邪が流行って助手たちがばたばた倒れた時も、ヴィーヴルのソーン教授は一人でぴんぴんしていたものだ。
     パッセンジャーがぼんやりと昔を思い出していると、シェーシャが言った。
    「随分痩せたな」
    「あまり食べられなくて……」
     青年は「そうか」と言って、艶を無くした恋人の髪を撫でた。
    「ああ――大事な事を言い忘れてたぜ」
    「なに?」
    「――ただいま」
     ああ、笑顔が眩しい。パッセンジャーは目を細め、青年の顔を眺めた。
    「おかえりなさい……」
     風邪ひいてなければ良かった。元気だったら再会のキスをして、夜になったら離れていた間の寂しさを互いの体温で埋めることができたのに。
     だが、懐かしそうな顔をしたシェーシャがこめかみの翼に顔を押し当てようとしたため、パッセンジャーは慌てて彼を押し退けなければならなかった。
    「なんだよ」
    「やめてください」
     彼は疲れ果てていたが、今は急に沸き起こった羞恥で頭がいっぱいだった。
    「何日もシャワーを浴びてないんです」
    「べつに臭くなんかねぇけど……ま、汗かいてるのは確かだな」
     シェーシャはそう言うと、パッセンジャーを元通りベッドに寝かせた。
    「身体拭いてやるよ。着替えもしたいだろ?」
    「……お願いします」
     タオルを手にしたシェーシャがバスルームに向かうのを見送り、パッセンジャーは頭から毛布をかぶった。今の自分の醜さにようやく気付いたのだ。体毛は薄い方だし、色の関係で目立ちにくいとはいえ、無精ひげが生えているし、髪も翼も汚れてボサボサだ。衝動的に抱擁を求めてしまったが、シェーシャもよく何も言わずに抱きしめてくれたものだ。
    (消えたい……)
     パッセンジャーは完璧でありたかった。ただでさえ年下の恋人に甘え、格好悪い姿ばかり見せてしまっているのだ。そのぶん、せめて美しくありたい。青年がうっとりと愛でてくれる髪と翼を、触れてくちづけてくれる肌を、きれいに保っていたかったのに。
     というか、そもそも自分がそれらのケアにどれだけ時間をかけているかも、本当は知られたくなかった。シェーシャは髪や羽の手入れを手伝ってくれるが、自分が努力して外見を美しく保っていることを気取られたくはなかったのだ。だが、パッセンジャーはリーベリの本能に負けた。愛する人に髪や羽を梳かしてもらいたいという欲求に抗えなかった。
    (それなのに……シェーシャくんの前に、こんな薄汚れた姿を晒してしまうとは……)
     痛恨の極みとはこのことだ。
    「どうしたんだよ」
     戻ってきたシェーシャに毛布を剥ぎ取られ、パッセンジャーは翼で顔を覆った。
    「恥ずかしくて……」
    「寝込んでたんだから仕方ねぇだろ? ほら、脱がすぞ」
    「嫌です……汚い……」
    「身体を拭くくらい、いつもやってる事じゃねーか。汗かいて気持ち悪いだろ? きれいにしてやるからさ」
     ぐずる年上の恋人を宥めすかしながら、シェーシャは手早く寝間着を脱がせる。わざわざ湯を沸かしたのか、湯気が立つほど熱いタオルで擦られた肌からは数日分の垢がぽろぽろ落ちた。恥ずかしいことこの上なかったが、さっぱりした気分で清潔な寝間着に着替える頃には気分も落ち着き、シェーシャに感謝する余裕が生まれていた。
    「まだちょっと熱あるな」
     青年はパッセンジャーから体温計を受け取り、呟く。
    「薬……の前に、飯か。あんま食えなかったって言ってたけど――なんだアレ?」
    「……はぁ」
     シェーシャがそれに気づいたのを知って、パッセンジャーはひそかに溜息をついた。青年はベッドの足元にある収納スペースに押し込まれた箱を引っ張り出し、側面に印刷された医療部のマークを見て納得の表情になった。自室療養する患者への支援物資だと思ったのだろう。それは間違っていない。
     彼は箱の中身と、一緒入っていたプリントを読んで眉を顰めた。
    「一本で一日分のカロリーと栄養素ねぇ」
     透明なパウチに入ったドリンクは、濁った緑色をしていた。見ようによっては、緑黄色野菜のスムージーと言えなくもない。理論上は、それさえ飲んでいればパッセンジャーがこれほど痩せることもなかったし、もっと早く風邪も治っていたのだろう。
     だが、シェーシャに飲めと言われる前に、パッセンジャーは断言した。
    「それを飲んで生きるくらいなら死を選びます」
    「えっ……ど、どういうことだ?」
     一日分のカロリーが取れる糧食など珍しくも無いが、そもそも開発元がエンジニア部や後方支援部ではなく、医療部なのが怪しい。警戒したパッセンジャーは、最初の内は食堂にデリバリーを頼んでいた。端末で注文すれば、艦内を回っているトランスポーターが届けてくれるからだ。だが、症状が進むにつれ咳が酷くなり、喉の痛みから普通の食事を取るのが難しくなった。皆同じ思いをしているのか、ゼリーやアイスクリームなどはあっという間に売り切れてしまう。追い詰められたパッセンジャーは一昨日の朝、ようやくそのドリンクに手を出したものの、あまりのまずさにひと口で食欲が失せ、以来水しか口にしていない。
    「残りは医療部に寄付しますから、持っていってください。どうせ忙しくて食事を取る暇もないでしょうから、ピッタリでしょう」
    「そんなにマズいのか?」
     恋人の剣幕に気圧されたのか、シェーシャは青い顔でドリンクを眺めた。怖いもの見たさで試そうとしないのは、彼の慎重さゆえだろう。その色を眺めているだけで舌の奥に強烈なえぐみが蘇り、パッセンジャーは呟いた。
    「*サルゴンスラング*。その味を知ると、かびたパンがごちそうに思えますよ」
     シェーシャは恋人が吐いた呪詛に慄いたようだったが、パウチを箱に戻すとパッセンジャーの頭を撫でた。
    「よしよし。よっぽどマズかったんだな……かわいそうに」
    「ひどいにも程があります。あれでは患者への虐待です」
    「制式の携帯食料として採用されないことを祈るよ」
    「そうなったら反乱が起きますよ。私が扇動します。ロドスを第二のレッドホーンにしてもかまいません」
    「その前に署名活動しような。平和的に」
     シェーシャが軽口につき合ってくれたので、パッセンジャーはだいぶ気分が良くなった。と、同時に数日ぶりに声を発した喉が痛み、身体を丸めて咳き込む。
    「大丈夫か? 水飲むか?」
     背中を撫でる恋人に、パッセンジャーは呻き声で答えた。
    「コーヒーがいい……」
     我儘を言っている自覚はあったが、シェーシャはあっさりと頷いた。
    「蜂蜜入れるならいいぜ。喉にいいからな」
    「――……わかりました」
     てっきり反対されると思っていたのに拍子抜けだ。
    「実はゼリーもあるんだよ。購買で一個だけ残っててさ。それ食ったら薬な。どうせ鉱石病の薬もサボってたんだろ?」
    「……ええ、まぁ」
     毒気を抜かれたパッセンジャーは大人しく横たわり、歩き回って準備するシェーシャを眺めた。青年は恋人に手ずからゼリーを食べさせ、解熱剤を飲ませた。コーヒーには蜂蜜がたっぷり入っており、風邪でばかになった鼻では香りなど感じ取れない。
    「甘いです」
    「でも効くだろ?」
     パッセンジャーは甘ったるいコーヒーをちびちび飲みながら頷いた。確かに、蜂蜜は喉の痛みに効果がある。
    「眠れなくなるからダメと言うかと」
    「まあ、少しくらいなら大丈夫だろ。きっと眠れるよ」
    「…………?」
     シェーシャの返答には違和感があったが、強いて追及はしなかった。そんなことをする気力が無かったからだ。
    「……眠りたくないです」
    「寝ないと良くならないよ」
    「悪夢を見るから、眠りたくないんです」
     子供っぽく駄々を捏ねると、青年が微笑んだ。
    「目を閉じるだけでもいいぜ。な? 俺が一緒にいるから、大丈夫だよ」
     これではまるで幼い子供だ。パッセンジャーは溜息をつくと、甘くて飲み切れなかったカップを枕元の棚に置いた。横になって毛布に潜り込むと、シェーシャが隣に添い寝して、背中を撫でてくる。愛しげにこちらを見つめる赤い瞳から逃げるように目を閉じると、甘やかされついでにもう一つ我儘を言う。
    「何か話して……君の声が聴きたい……」
    「いいぜ」
     ねだった時にはすでに睡魔が訪れていたため、シェーシャがどんな話をしたのかは覚えていない。ロマンティックとは程遠い寝物語だったが、恋人の低く優しい声は、パッセンジャーを深く穏やかな眠りにいざなってくれた。

       +
     
     目を覚ますと、一人だった。身を起こして首を巡らせたが、室内にシェーシャの姿はない。
     時計を見ると、すでに午後になっていた。こんなに長く眠れたのは久しぶりだ。薬が効いて熱が下がったのか、身体も少し楽になっている。
     パッセンジャーは冷めきった蜂蜜コーヒーの残りをちびちび飲みながら、心の中で恋人を詰った。
    (一緒にいてくれると言ったのに……) 
     眠るまで、という前提があるのは当然だと頭では理解していたが、それでも少しがっかりしてしまう。
     枕元に置いたカップの横には、メモが残されていた。シェーシャ自身をデフォルメしたと思しきキャラクターの横に描かれたメッセージを見るに、どうやらパッセンジャーが食べられそうな物を調達しに行ったらしい。
    「ふん、余計なお世話だ……」
     ちょっとした怒りで寂しさを誤魔化し、ぶーと鼻をかむ。丸めて投げつけたティッシュは、ゴミ箱をそれて床に落ちた。情けなくなりながら立ち上がり、ティッシュを拾う。シェーシャは出掛ける前に部屋の掃除もしてくれたのか、ゴミ箱はほとんど空だったが、だからこそくしゃくしゃに丸めたメモ用紙に気がついた。
     広げると、枕元にあったものと同じ文章と、口を尖らせてチュッとキスしているキャラクターが描かれていた。ハートマークを飛ばしたところで、我に返り、没にしたのだろう。青年の愛らしい羞恥心に、思わず笑みがこぼれる。ようやくシェーシャが示してくれた愛情を、素直に受け止めることができた気がした。
     くすぐったい気持ちのままテーブルを見ると、ポットの横にインスタントコーヒーの瓶があった。ノンカフェインの表示を見て、パッセンジャーはようやく合点がいった。シェーシャが小言も言わずコーヒーを飲ませてくれたのには、こうした訳があったのだ。彼はカフェイン中毒の恋人が我儘を言うと見越していたのだろう。
     厳密には騙された形になったが、不思議と悪い気はしなかった。パッセンジャーとて、悪夢を見るのが嫌だっただけで、本当に眠りたくなかったわけではない。むしろ、小細工をしてでも望みを叶えようとしてくれたことが嬉しかった。
     ベッドに戻ったパッセンジャーは、くしゃくしゃのメモを眺め、投げキスを飛ばしているイラストに唇を押し当てた。
     たとえ恋人が傍にいなくても、これが悪夢を退けるお守りになってくれるだろう。
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